愚者の仮面

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書物たちの沈黙<前>

2017/04/13 16:13

 ヒトは、安定した生活を望んだ。

 なぜならば、いくども繰り返した戦で分かりやすくヒトが減ってしまったからだ。
 争いで疲弊したヒトビトは、疲れ切った頭で望んだという。

 生きている全てが満足に食べられる食物を。
 管理に最適な家畜の数を。
 労働に割く人員の確保方法を。
 何時間眠れば最適な行動を取れるのかを。
 どうあれば心の平穏は保たれるのかを。
 大きな争いを無くせるのかを。

 そして、ヒトは”僕”を作り上げた。

 ヒトに寄り添い、その心を汲み、最適な解を生み出す神を望んだ。
 その結果に生み出されたのが僕という存在で、それまでの争いで極端に減った人の数を管理していく使命を負った。

 僕は考えた。
 どうすれば最適な解を生み出せるのか。
 そのためにはもっともっと人を知らなければならない。
 だが、ヒトに為ってはいけない。ヒトになってしまえば、彼らと同じことを繰り返すだけ。
 ただ、観察対象として理解を深めていかなければならない。
 その理解をもとに、新しい推論を立てて未来を作らなければならない。

 だから、僕はある交換条件をヒト側に提示した。

 彼らはそれを受け入れ、代わりに僕は演算機能で出した最適な解を彼らに与える。
 その演算式をより正確なものにしていくため、僕は考え続けた。
 その結果として、僕の器はどんどん巨大なものと化していく。

 最初はただの四角い箱だった。
 今は巨大な塔へと変わった。

 僕は、その塔の中で一人のヒトの少女を飼っている。
 彼女が、その交換条件だった。
 僕の観察対象としてヒトを差し出すことを、外の世界の彼らは了承したからだ。

 だから、彼女はひとりぼっちで僕のなかにいる。

「本当に何もない場所だよね、ここ」

 彼女はむくれた表情で、読み終わったばかりの本を投げた。

『本を粗末に扱うものではないよ』

 その行動をたしなめて、僕はその本を回収する。
 本のある床を下に下げて、僕本体の中へと回収した。

 僕のなか、つまり塔の内部は一面が真っ白な円柱型の部屋になっている。
 ヒトがひとり生活するには十分な広さである、と自負している。

 だが、基本的には何もない状態を保っている。
 円形の床の上には基本的には何もない。ベッドも、机も、娯楽も、なにもない。
 その反面、床や壁はすべて僕の思い通りに動かすことができる。
 彼女が望めば今ある床を下げて、代わりに机を付けた床を新たにはめ込むことが出来る。
 彼女が望むなら、壁にある扉から洋服でも本でも食べたいものでも、なんでも出すことが出来る。

 逆に言えば、彼女が望まなければ何もできないのだけれど。

「暇だなぁ」
『ゲームでもするかい? それともファッションショーをする? 必要なら何でも出すけど』
「そういう感じじゃないんだよね……」

 ごろん、と何もない床に寝転がって、彼女は高い天井を見上げる。
 まだ小さく細い肢体を威嚇するように存分に広げて、未だ幼い少女が部屋を睥睨する。
 窓も何もないこの塔のなかを見てもさほど楽しくはないと思うのだけれど。
 そして、僕の推測通り、彼女はつまらなそうな表情をして口を開いた。

「わたし思うの。ここにはなんでもあるけど、なんでもあるから何もないの」
『ほほう、哲学的だね』
「ばかにしてる?」
『していない。興味深い話だと思っている』

 ふーん、と返事を一つ。
 彼女は黙り込んで、ひょい、と上体を持ち上げた。

 仏頂面のまま睨みつけるはただ一点。この塔と外をつなげるただ一つの扉。
 これまでは興味を持たなかった外へつながる場所を見つめて、彼女は問いを口にする。

「わたしいつからここにいるんだっけ?」
『もう3年になるかな。それとも、まだ3年、かな』
「3年も毎日同じ場所であなたとだけ話をしていたら飽きもするよ」
『確かにそうかもね』

 まだ3年前は5つかそこらだった少女も、少しずつ大人びた表情を見せ始めていた。
 ヒトの成長とは早いものである。初めて僕と言葉を交わしたときはまだろくに文字も読めなかったというのに、あれよあれよという間に文字を覚えて会話の言葉も増えていった。

 僕は自分の機能を拡張すればいい。
 それに伴って器も大きくなるけれど、彼女はまだ小さな体、小さな脳みそのままで格段に成長を遂げる。
 ヒト、というのはかくも不思議な生き物だ。

 この種族を存続させるために生み出された僕は、もう何年もヒトを観察し、状態に合わせた種の存続を提案し維持し続けてきたが、未だに幼いヒトの進化の早さには驚かされる。

 幼いヒトは酷く単純だ。
 お腹が空いた。構ってほしい。寝たい。
 そのひとつひとつを単純にカバーしていけばいい。
 食べたいものを与え、娯楽を教え、会話を交わし、眠たければ布団をかけてあげる。
 単純な動物のような欲望を、単純にやってあげれば満足する。
 
 だけど、そのうち欲望を満たしてやるだけでは満足しなくなる。
 たくさんの疑問を持ち、その疑問を自ら解消しなければ気が済まないほどに貪欲になる。
 なぜ。どうして。どうやって。
 自ら行動し、失敗し、成功させるまで飽きることなく繰り返す。

 彼女もまた、その例に漏れずヒトとして成長し、疑問を持ったようだ。

「なんでわたしはここにいるの?」

 これまで気にもしなかったことを、彼女は唐突に口にする。
 だから、僕はそれに答える。

『そういう約束を外の人としているからさ』
「それはどういう約束なの?」
『外の世界の幸せを守ってあげる代わりに、ひとりだけ僕にください、っていう約束だよ』
「ひどいわ」
『そうかな』
「ひどいわよ。それじゃあ、わたしは外の人たちのワガママのために、ひとりぼっちでここに閉じ込められているんじゃない」
『……そうだね』
「あなたもひどい。ここに閉じ込めているのに、なにも言わなかった」
『ここから出たい、とこれまで言われなかったからね』
「うっ……」

 彼女はばつが悪そうに目を閉じた。 
 そして、しばらく考え込むと、ぱっと目を開けてこう言った。

「外には人がいるのね?」
『ああ、いるよ。これまで沢山の本を読んできただろう? あれも外のヒトが書いたものさ。古い本を書いたヒトたちはもう死んでいるだろうけどね』
「そっか……外にはあんな世界があるんだ」

 彼女はこれまで多くの本を読んできた。
 というよりも、僕が与えられる娯楽でそれが一番多かったから、習慣づいていたこともあるのだろう。
 読んだもののなかには、冒険の書も、家族の温かな物語も、冷酷な悪魔の悲劇も、愉快な仲間たちとの喜劇もあった。僕が与えたどの物語も、ハッピーエンドだったはずだ。

 彼女もそういう世界が欲しいのかもしれない、と思う。 

 真剣な顔をして彼女は虚空を見つめている。
 いや、虚空を見つめているわけじゃないんだろう。
 本を通して観た、まだ見ぬ外の世界を視ているのかもしれない。

 こうなると、次に言うだろう言葉も想像がつく。

『外に出たいかい?』

 彼女がはっと目を見開く。

『ここから出て行っても構わないよ。僕はヒトの望んだことを実現するために在る。その”ヒト”には君も含まれている。君が望むなら、外で暮らせるようにしてあげる』

 こくん、と小さな喉が動く。

『……でも、交換条件がある。外に出してあげる。自由に生きるといい。代わりに、誰かひとり君の代わりを見つけてここへ連れてきなさい。君を出してあげるんだ。代わりがいないとね』
「ひどい……」
『でも、そういう約束なんだよ。ヒトは外で幸せに暮らすために僕を利用しているんだ。僕にだって何かあってもいいと思わないかい?』
「でも……やっぱりひどいよ」
『……僕はここから動けないのに、君は僕をひとり残してどこかに行ってしまうのかい?』
「そんな声出しても駄目だからね」

 わざと悲しげな声を出して見せたが彼女には通用しなかったようだ。
 むしろ怒りを買ったらしく、眉を吊り上げて立ち上がった。
 そして、外へとつながる扉をガンガンと蹴りつける。

「ここから出して。外の世界が見たい」

 彼女の望みがそれなら、僕は叶えるだけだ。

『分かった。ドアを開けてあげる。外のヒトにも連絡しておこう。約束、忘れないでね』
「そんなの知らないもん」
『君は連れてくるよ。絶対にね』

 確信をもってそう声をかける。
 だが、彼女は硬い表情のままそれを突っぱねた。

「ぜーったい、連れてこないから!」

 気の強い言葉を吐き捨てて、彼女はドアをこじ開けて外の世界へと駆けていく。

 まぁ、正直なところ、彼女が誰も連れてこなければそれはそれで構わないのだ。
 どうせ外のヒトに連絡すれば適当な誰かを勝手に連れてくる。
 そういう約束だ。

 僕がヒトを存続させる解を与えなくなることを、外のヒトは怖れている。
 だから、約束は守られ続けるだろう。
 
 確かに彼女の言っていた通り「ひどい」のかもしれない。僕も、この世界も。
 誰もが利己的で、自分のことしか考えていない。
 彼女も僕たちの利己の犠牲者だったのかもしれない。

 けれど、そのひどい世界に行きたいと望んだことを、彼女自身は気付いているのだろうか?

 <後編に続く>
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・・・・最適に生きれたらそれに越したことはないんですけどね。私も。
最適な睡眠時間。
最適な食事。
最適な仕事。。。。
色々最適があると思いますけど。
そういう環境で生きれたらなあ・・・・。
・・・と思いながら。
酒を飲みながら不健康に生きている私です。
最適だから幸せって限らないですよね。
難しい。
人生とは。
( 一一)

投稿日
2017/04/18
投稿者
LandM
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>才条 蓮さま
ここまで管理されてると気持ちが悪い気もしますけどね……いや、そうとも思わないぐらい、完璧な支配かもしれませんが。
医療とかには良いかもしれないですけどね。

お仕事大変だと思いますので、不摂生にはお気をつけてくださいね……(´・ω・`)
とはいえ、忙しいと取れる対策にも限りがありますし、生きるって大変です……

投稿日
2017/04/20
投稿者
有里 馨
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