愚者の仮面

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わたしの王子さま

2016/12/28 16:51

 彼は花束を持って待っている。

 冬空の下、小ぶりな花束を片手に下げて、白い息を吐きながら街灯の下、待っている。
 細身のスーツに黒のロングコートをかけて、悠然と立ちつくしている。

 寒い季節に花を添えるイルミネーションのなか周りの待ち人たちに混じるように、青年はただぼんやりと吐く息を見つめていたのだった。

 そんな彼を遠くから見つめる小さな影。

 白いコートに、下から覗くふんわりと膨らんだピンク色のスカート。
 黒いタイツの足元に光るエナメルの赤い靴は、精いっぱいに背伸びをして彼女へ花を添えている。

 まだ小学校にも上がる前の年の頃だろうか。

 少女は小さな足で駆け出すと、青年の前にとん、と立ち止まった。

「おにいさんはあたしのおうじさま?」
「え?」

 問われた意味が分からず、ぽかん、とする青年。
 ぱちくり、と何度か瞬きをすると、少女の視線を辿って、彼女が自分が持っている花束を見つめていることに気付いた。
 ああ、なるほど、と小さくつぶやく。
 それから、小さくほほえみを浮かべて、少女の目線にしゃがみ込んだ。

「お嬢さんも、お花が欲しいの?」

 すると、少女がにこっと笑う。

「そうよ! そしたらおひめさまになれるの!」
「ふふ、そっか」

 にこにこ、と笑う青年。少女の言葉に微笑ましげに笑っている。

 もしかしたらスーツに花束、イルミネーションという舞台装置が、彼女を夢のお城へと飛ばしてしまったのかもしれない。
 王子さま、花束、舞踏会。そして、彼女がお姫さま。
 舞台は完璧、妄想も完璧。
 
 彼女の舞台装置に、青年も踊らされるばかりだ。

「おにいさんは王子さまなの?」
「ふふ、そうかもね」

 ぱあぁ、と明るくなった少女の表情。
 彼は何処か困ったような表情を見せたままだが、少女の夢を否定したりはしなかった。

「わたし、そのお花、欲しい!」
「ええっ?」

 いたって真剣な表情をしている少女。
 向かい合ってぽかん、と間抜け面をさらす彼女の王子さま。

 傍から見ている分には面白い展開ではあるのだろう。
 周囲にいる、おそらく相手待ちの待ち人たちが笑いをこらえるような表情をしている。

 とはいえ、彼は必死だ。

「ごめんね、それはできないんだよ」
「ええー、どうして?」

 そういって残念がる少女はとても愛らしかったけれど。
 彼は首を横に振って、それから「内緒だよ?」を囁くと、己の指をぴんと立てて少女の小さな唇に当てた。
 それからその指を自分の唇に当てて「しーっ」っと片目をつむってみせる。

「僕にはもう、大切な人がいるんだ。ごめんね?」

 これはその人に渡すものなんだよ、と、眉尻を下げる。
 
 一方、少女は自分の唇に、はわわ、と両手をやって震えている。
 うん、「まぁ、彼女のなかの王子さま、というのはこういうものなんだろう。
 わたし感激、と書いてある表情で、うっとりと彼の顔を見上げている。

 ちなみに向かい合う青年はやはり困った顔をしている。
 とはいえ、ほとんど自業自得だ。

 やがて少女は母親らしき女性に呼ばれ、朱い頬で笑って青年へと手を振った。
 彼女の王子さまも、微笑んでそれに振りかえす。
 少女はそれで満足したのか、満面の笑みを見せてスカートを揺らしながら母親の方へと駆け出して行った。

 ――うん、じゃあ、そろそろ本当のお姫様の番かな。

「……おまたせ」

 わたしはそろり、と彼へと声をかけた。
 花束を持っている、わたしの、わたしだけの王子様へと。

 彼はくるりと振り向くと、少しだけ疲れた顔を見せてくしゃっと笑った。

「待ちくたびれたよ」
「ごめんごめん……ちょっと面白くて」
「まさか、見てたの?」

 それはもう、一部始終すべて。

 すると、彼は苦笑を浮かべて「夢を壊すわけにはいかないからね」と、どこか言い訳交じりに言った。

「はい、誕生日おめでとう」
「うん、毎年ありがとう。ごめんね、年の瀬は忙しいのに……」
「いいの、僕が好きでやってるんだから」

 渡された花束。よく見てみれば今年は真っ赤な薔薇の花束だ。
 なるほど、これが余計に王子さま感を増殖させていたわけだ。
 
 あかいあかい、薔薇の花に鼻先をうずめ、匂いを嗅ぐ。
 芳醇な薔薇の香りに、胸がいっぱいになった。

「これがお姫さまの匂いなのかな」
「え、お姫さまでいいの?」
「ちょっと。それどういう意味?」

 年甲斐がないのは分かっている。もう、お姫さま、なんていう歳じゃない。
 とはいえ、そんなこと言われたら傷つくのも乙女心。

 むぅ、っと膨れてみせると、彼は悪戯っぽく笑った。

 「今年は僕のお妃さまになってもらいたいなぁ、とか考えてたのに。それは僕だけ?」

 その言葉の意味に気付いて、花束を片手に今度はわたしが固まる。
 わたしの王子さまはそれを見て、またすこし意地悪く笑うのだった。

 
 ―― 了
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