愚者の仮面

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夕夜ノ狭間ニテ

2016/10/14 14:51

 夜が来る。

 今日も僕はあと少し、時間が来るまで君を待っている。
 ほんの少し。
 夜までのわずかな時間を。赤い赤い夕空の向こうから滲みだす濃紺の夜を眺めながら、その向こうからやってくる彼女を待っている。

 来た――

 今日の彼女は朱いワンピースに星を纏って、滲むような儚い笑みを浮かべて、こちらへと歩いてくる。
 笑みはいつものもの。その鮮やかさも生来持ち合わせたもの。
 ただ、纏うものは一昨日は夏の青に艶めく紫で、昨日はふんわりとした灰、そして、今日は目が覚めるほどの鮮烈な赤。
 今日は、とても彼女らしいと言えるだろう。

「ああ、また逢ったね」

 今日も声をかける。
 いつもと同じ時間。同じ言葉。同じ僕。それでも、彼女は僕を覚えていないだろう。毎日変わる、彼女は。
 けれど、彼女もいつも同じ言葉を返すのだ。

「いつも、ここで?」

 僕が誰なのか問うこともなく、不審がることもなく、恐れることもなく、彼女はそう問うてくる。
 いつも同じ場所で、と。それはいつも彼女が同じ場所しか通らないから、ということなのだろう。
 その回答は是だ。
 彼女がいつも此処しか通らないように、僕もまた、此処しか通らない。逢うのは必然だ。
 彼女が忘れるのも、僕だけが覚えているのも、また、必然。

「”君”は覚えていないだろうけど、僕たちはいつも此処で逢っているんだ」
「……?」
「……なんでもないよ。今日も少し、話していかないか?」

 夜と夕暮れの通り道にぽつんと置かれたベンチに腰かけて、その隣を示す。
 彼女はうっすら微笑んで、

「喜んで」

 と、少し間を空けて隣に座った。
 すらりと伸びた手足に目を奪われながらも、平静を装って口を開く。なにげない、話を。

「今日はいい天気だったね」

 まずは天気の話から。とてもベタで、とても僕たちらしい話。
 彼女もくすりと笑ってくれる。

「そうね。昼からずっといい天気で夕方まで来たみたい。夜もいい天気だといいな」
「きっとそうさ」

 それから、少し考えて言い直す。

「いつもいつも、そうさ」

  悪い宙などなかったな、と、そう思って言い直す。
 しかし、彼女は存外興味を惹かれたようで、僅か身を乗り出して、

「あら、夜はいつもいい天気なの?」

 と、楽しげに聞いてくる。

 柔らかな表情。
 僕にはそれが眩しくて、少し目を細めた。

「ああ。だって、夜の色は宙の色だ。透明に透かされた宇宙の色だ。いつだって変わらない、黒い空だよ」
 
 朝の空は白い。その色に青が混じることもあれど、あれは光を映すスクリーン。

 真昼の空は青い。ただ、その青も、春は薄い桜色を空も吸い上げる。
 夏は海の色を鮮烈に映し出す。
 秋には霞を帯びて、冬には抜けるような白化粧を施す。

 季節ごとに装いを変える太陽の時間。
 何もかもを喪っては新しく手に入れる、彼女たちの時間だ。

 僕がそう答えると、彼女は、こくり、と頷いて見せた。

「ふふ、そうね。わたしとは……いえ、わたしたちとは違うみたい」
「と、いうと?」
「なにごとも、全ては変わるものよ。毎日毎日同じものなんて在りはしない。同じ色なんて在りはしない。太陽の出ている空は、いつも違うもの」
「そうだね。それが僕には少し、うらやましいかな」
「あら、そうなの?」

 ことり、と傾けられる小さな頭。
 それについ笑みを零して、僕は先を続ける。

「うん。毎日毎日同じことを繰り返しているとね、飽きてくるんだ。いや、倦んでくる、とでも言えばいいのかな。僕はかつて無為な時間を過ごしていた。誰にも関わらず。何も変わらず。そこに、今は君がいる。ほんの少し、退屈な日常の、何も変わらない日々の、その隙間の、この時間は僕にとって、とても大切なものなんだよ……君がなにも知らなくても、ね」

 こう言っても、やっぱり彼女にはなにも伝わらないだろう。現に、きょとん、とした表情でこちらを見ている。

 ほんの少し、近づいた距離。それも、明日には無くなっているだろう。
 けれどすべては仕方が無いこと。すぐに夜が来て、今日の此れも彼女の中から綺麗に、透明に浚ってしまう。
 それが、夜だ。

「……ごめん。わたし、そろそろ行かなきゃ」

 今日もまた、別れのときが来る。

「ああうん。僕もだ」

 夜になるから、僕も立ち上がる。

「じゃあ、また、ね?」

 彼女が今だけの再会の約束を交わす。

「うん、また明日」

 僕も、再会を誓う。

 ふわり、と最後にひとつ微笑んで彼女がベンチから離れていく。 
 空からはとうに緋は消え、僅かにたなびく紫を帯びた光だけが在った。

 もう、夜になる。彼女は振り向きもしない。

 ――ここからさきは、僕の時間だ。

 向こう側へと、夜に溶けて消える彼女を見送る。
 毎日、出逢っては、夜と入れ替わりに消えていく夕時を想う。
 何も変わらない透明な僕と違う、変化を許容し、色を変える彼女の姿を。
 
 星空を従え、僕は歩き出す。
 彼女が消えたその先、夕時の向こう側へと、進んでいく。
 朝になって透明が白く濁るそのときまで、僕の今日が始まる。

 ******
 
 昨日はもう、二度とやって来ない。
 そう思うと悲しいような、でも、嬉しいようなそんな気持ちで彼女を出迎える。

「ああ、また逢ったね」

 ――そして、今日も雲の上、幾度出会いと別れが繰り返されようとも、人間にはそれを識るすべなどなかった。

 今日も、夜が来る。
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