愚者の仮面

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Re:mind<後>

2016/08/30 16:41

「あんたが撮った写真と全然違うよねー」

 からかうようなソラの声。
 ぱっとそちらを見てみれば、ほんの少しいじわるな表情を浮かべた彼女の姿。

「アドバイスでももらったら? そしたら少しはマシになるかもよ?」
「おい」

 焦ったような彼の声。

「おとなしくさ、セナに聞けばいいじゃん。あたしじゃなくて。そっちのほうが上手く撮れるだろうし、あんたとしても好都合なんじゃないの」

 畳かけるようにソラ。
 
 わたしにはなんのことだかさっぱり分からず、首をひねるばかりだ。

「え……なんのはなし?」
「セナさんは気にしないで。大丈夫だからさ。おい、ソラ……」

 渋面を浮かべて、非難めいた声でソラに言う悠季くんの声。
 それに対して、冷ややかなソラの声。

「意気地なし。さっさと言えばいいのに。一緒に写真取りに行きたいってさ」

 彼を見る。
 悠季くんは非難と期待と失望が入り混じったような、普段からは想像もできない余裕のない表情をしていた。

「悠季くん?」

 名前を呼ぶ。
 すると、彼ははっとしたような表情をして、それからうつむいた。

 そのまま無言が続く。

 どうしたものか、と言うべき言葉もないまま口を開きかけたそのとき。
 
「おれ、ちょっと撮影行ってくる!」
「え……!?」

 彼は急ぎ足にカメラを持つと、こちらを一切振り返ることなく、ばっと部室を出て行ってしまった。

 後ろを向けば、憮然とした表情で頬杖をつくソラがいる。

「ソラ、いいの?」
「ほっとけほっとけ、あんな意気地なし。ちょっとは自分で頑張ればいいのよ」

 ふーん、とそっぽを向くソラ。
 いいのだろうか……とはいえ、わたしが追いかけるのも何か違う気がするし、ソラがいかないのならそれまでの話なのだけれど。

 そっぽを向いたまま、ソラが言う。

「あいつはねー、もっと素直に言えばよかったのにね」
「え?」
「……ホントはさ、あたしじゃなくてセナに習いたかったんだよ、写真。でも、あんまりにも知ら無すぎるから呆れられちゃうんじゃないかって、かっこつけてさ。だからわざわざあたしに『写真撮りに行くからアドバイスくれ』って。馬鹿だよね。こっちだってあんまり詳しくないっつーの。それこそあたしだって今セナに習ってる途中なんだから。かっこつけちゃって。ばっかみたい」
「そう……なの?」

 別に、初めは何も知らないのは誰でも同じなのに。
 聞かれれば、わたしはなんでも答えたのに。
 なんなら、ソラと一緒に、勉強していけばいいのに。

 わたしだって写真のすべてをまだ知らない。知るはずもない。
 道半ばなのはわたしも同じだ。

 ソラの長い足が椅子の上で胡坐をかいた。
 夕日を受けて、赤く染まったソラの横顔が笑う。

「さっきあたしたちが見てた写真、あれ、ユーキが撮ったやつなんだよ」

 ほら、あれ、と指で指し示すテーブル。
 向かって見れば、机上に散らばるいくつもの写真。
 机上を埋め尽くすほどの写真がそこにある。フィルムを現像したのであろう弓なりにしなる写真、トイカメラの真四角のスナップ。そして、いつも通り自前で印刷をしたポストカード。

 そのほとんどが真っ黒で何を写そうとしたのか、何が目的だったのか分からない。
 けれど、何枚か綺麗に映ったものがあって、そのうちの一枚を持ち上げて眼前に掲げてみた。

 ――それは、星空の、写真。

「セナは星が好きでしょ? だから、あいつも撮ってみたかったらしいの。でも、うまくいかなくてその有様。
 結構暗いところのもの撮るにはIOSとかさ、シャッター速度とか、まぁ、いろいろあるじゃない? でも、ユーキはそこんとこ完全に初心者だし、色々試行錯誤はしたみたいだったけどね」
「でも……なんで」

 思わずそう零すと、ソラは困ったように眉を下げて笑った。

「あいつ、本当はセナとお近づきになりたくてウチの部入ったんだよ」
「え……?」

 ……そんなこと、全く知らなかった。

「なんで」
「さぁね、そこまではあたしも知らないな。でも、たまたま同じ授業受けてて、なんだったかな……天文学Ⅰだったような。ゼミが同じだったからあたしもユーキのことは知ってて、それであたしのほうが声かけられて。『いつも一緒にいるあの子誰』ってさ。そんで『セナは写真サークルに入ってるんだよ』って言ったら、その次の週にはあいつがこのサークルに入ってきた」

 困った顔をしたまま、ソラはわたしを覗き込む。

「だからさ、ユーキはセナと仲良くなりたかったの。前も、そんで、今も、さ」

 なぜだろう。素直にそう思う。

 近づくきっかけがあったわけじゃない。
 それどころか、彼がこのサークルに入ってくるまでは一度たりとも話したことがなかった。
 同じ学年の目立つグループにいる人、ぐらいの認識はあっても、関わり合いになる場所なんてなかったというのに。

 それでいて、サークルでも二人で話すような機会はそうそう無く、いつだってソラを介して話しているような感じだった。
 3人の人間関係を象徴するように、ふたりとふたりの関係を介して、わたしたちはようやく話をできていたというのに。

 そんな彼が、わたしと仲良くなりたかったという。
 ……あまり実感がわかない。

 でも、案外人というのはそういうものかもしれない。

 知らない、手が届かない、だから、気になる。
 ほんの少し、本当にささいなきっかけで。

 たとえばわたしが星の名前を冠して生きてきた結果、星に惹かれてしまったように。
 大学に入ってまで、真剣に星を追ったように。
 その姿を撮って残したいと祈ったように。
 そのための試行錯誤を経て、このサークルに行きついたように。

 もしかしたら、彼もまた。

 距離感をはかりかねて、それでも追いかけてきたのかもしれない。

 それなら。

 手にした写真に、どくん、と心臓が跳ねる。

「ソラ、わたし……悠季くんを追いかけてくるね」
「はいよ。いってらっしゃーい」

 いつも通りの気楽なソラの声。
 その声に押されてわたしは教室を飛び出した。

 当たり前だけど、そこから見当たる範囲には彼の姿はない。
 とはいえ、カメラを持って出たわけだし、校内で良い写真撮影スポットといえばいくつかに限られているわけで、その場所を教えたのはわたしだ。
 まだ写真初心者のソラとサークルに入ったばかりの悠季くんを連れて、校内をぐるりと回った日のことを覚えている。
 
 彼の名前を聞いて、その漢字を知って、これだと思った。
 悠久の空を、撮ったあの日のこと。

 想えば、私たち3人ははずっと空に惹かれていたのかもしれない。
 2対1の関係性の真ん中で、それだけが変わらなかった。 
 わたしが知らない場所で、彼もまた星空に惹かれていたのだから。

 ソラが繋いでくれていた、関係性の真ん中で。
 
 屋上へとひた走る。
 彼の撮った写真が熱くて、愛おしくて、手放せなくて、ただ、今は彼本人に会いたいと思った。

 屋上の扉を押し開ける。

「悠季くん!」

 そう叫べば、扉の向こう、夕空へとレンズを向けていた影が振り返る。

「え、セナさん?」
「よかった、やっぱりここにいた」

 近付けば、彼はあっけにとられた表情で、言う。

「え、なんで……おれを追いかけて、きたの?」
「うん。言いたいことがあって」

 すぅ、と息を吸う。
 そして、深く吐き出す。

 たったひとこと、それだけを伝えるために。

「悠季くん、わたしと、星を撮りにいかない?」

 ほんのささいなひとこと。
 でも、このひとことだけを伝えたくて来た。

 彼はそれを聞いて、一度わたしから視線を逸らした。
 ほんの少し不安になる。今はまだそう親しい間柄でもないから、断られてもおかしくはないのだし。

 けれど、彼は、なぜだか不安そうな表情を見せて、こう言った。

「……でもおれ、セナさんみたいなカメラじゃなくて、ミラーレスのカメラしか持ってないよ?」

 今度はこっちがあっけにとられる番。

 どうやらそれが気がかりだったらしい。
 思わず笑ってしまう。
 そういうところが、この人はなんだか可愛らしいのだ。

「いいよ。それで十分だよ。わたしが、ただ一緒に行きたいの」
「そっか……そっか、うん、分かった」

 写真を撮った夜の向こう側で。
 たとえこの想いが、そのきらめきが終わりのものになるとしても、この小さな光を貴方に届けたい。

 この想いは最期に爆発して砕け散るのだとしても。
 あの星々と同じ運命を辿るのなら、それはそれでいいのかもしれないと思うのだ。

 息を吸い込んで、ぐっと、全身に力を込める。

「あのね、わたし――」

 手に持った写真がわずかに熱を帯びた気がした。

      **********

 最後に一つ、星がきらめいた。

 窓の向こう、眼下に歩く二人の姿を見て、彼女が笑う。

「おめでとう。よかったね」

 まだぎこちない二人の笑顔が可笑しい。

 白い指先が黒いアルバムの表紙を愛おしげに撫でる。
 そして、表紙にいる3人の笑顔にわずかに頬を綻ばせ、その真ん中に笑う写真の中の少女をなぞった。

「これでよかったんだよね」

 ぱちり、と胸の中で想いが軋む。
 胸はこんなにも熱いのに、躰は指先からしんと冷えていく。

 星を象る腕時計を外す。
 心地よい重さを喪った腕に僅かに痺れを感じて、彼女は額へ手を当てた。
 短い髪に横顔が消え、瞳もなにもかも、自らの手で覆い隠されていく。

「星七……」

 少女の名前に込められるのは万感の想い。
 でも、それを聞き届けるものは、此処には誰もいない。

 嗚咽がこぼれる。

 そうして彼女の星は、誰にも知られず、ただひっそりと消えたのだった。


 ――了
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