愚者の仮面

鬼鎮之事<弐-弐>

2014/04/07 00:04

 仮面をしているからか、彼女が鬼の血族の末端だと気付く人もいない。いつもの嫌な視線が向けられることはなかった。

 むしろ、隣に立つ仮面売りの方が目立っており、不躾な視線を多く向けられていた。
 だが、彼はそれを気にするそぶりもなく、静かに彼女に問いかけてくる。

「ねぇ。今はお面を付ける理由ってどういう風に言われているのかな?」

 その今更な問いかけに驚く。

「……アンタ、知らないの」

 伝統を守るために仮面を売っているのだからそれぐらい当然に知っていると思っていた。けれど、そうではなかったようだ。

 男は一つため息をついて、言い訳のように言う。

「だって、しばらくするとまた言い伝えの内容って変わっちゃうし。今はどんな迷信が言われてるかなんてさ、分かんないんだよね」
「ふーん」
「10年ぐらい前は『鬼を脅えさせるために恐い面をしなさい』とか言われてたし、その前は『鬼の面をして自分も鬼なのだと惑わせるために面をしなさい』とか『鬼の面で鬼のふりして鬼を矢で射殺すため、面をしていなさい』とか、まぁいろいろあったんだよねぇ。
 でも、なんで神として奉ってる鬼を殺そうとしちゃったんだろう。これだけは未だに謎だね」

 どうやらいろんな云われがあったようだ。いちいち変わってしまっては意味がないような気もするが、ただひとつだけ徹底している。

 ――『面をしろ』

 それだけは変わっていない。それは、今も。

「私たちは、人だとバレちゃったら飢えてる鬼に食べられちゃうから、お面をして鬼に人間だってバレないようにしなさい、って言われてるけど」
「あー、なるほどね。それもまた、小さな子供を脅えさせるには十分な理由かもね……まぁ、ある程度年齢の行った子たちには通用しないみたいだけど」

 ある程度年齢の行った子。含みのあるその言い方に彼女が噛み付くべく口を開きかけると、

「別に、それを悪いと言っているわけではないんだ」

 そう、仮面売りは真剣に言った。

「時代は変わっていく。こういうことがただの形式になってしまうのも仕方がないことだと僕も思う。けど、それじゃあ駄目なんだよね……」
「……アンタ、なに言ってんの?」

 彼女が問いかけるも、仮面売りの言葉はうわごとのような呟きに変わっていく。

「どうしよう、困ったな。このままじゃ同じことの繰り返しになりかねない」

「ねぇ」

「かといって、時代が変わっていくのは止められないわけだし。うーん……どうにもできないがなんとかはしなければいけないな。それが僕のやらなきゃいけないことだし」

「ねぇって」

「そうだな。来年までの一年間になんとかしなきゃいけないよね。去年よりも面をしない若い子が多くなってたし。早急に対策を……」


「ねぇってば!」


 半ば怒鳴るように仮面売りを呼ぶ。その大声にようやく男が彼女を見る。

 呆気にとられたような目が狐の面の向こう側に見えた。

 彼を呼んだときの声、その声に涙が滲んでいたのは彼女の気のせいだろう。
 彼が少しだけ恐ろしく見えたのは気のせいだ。
 うわごとを呟く彼がなんだか恐ろしいものに見えたなんて気のせいだ。そう思いたかった。

「ねぇ、アンタ、なんなの?」

 声が震える。

 初めて逢ったときからヘンな奴だとは思っていた。
 ヘンなナンパみたいなことしてくるし、仮面を売るのも商売らしくないし、おかしい奴だとはずっと思っていたのだ。
 それにひょこひょこ付いていってしまった自分も大概バカだが、別にヘンでいい奴じゃないけど悪いやつじゃないし、それが面白かった。

 それに、少女のことを馬鹿にしなかったから。
 いろいろ言われているのは知っているくせに「別にそれだけが君じゃないでしょ」なんて言って笑うから、簡単に言えば、ほだされてしまったのだ。

 自分を否定しない人に、初めて逢った。
 ただ、それだけで妙に居心地がよくて、のこのことこんなところまで付いてきてしまった。

 でも、自分は彼のことを何も知らないと思う。彼は彼女のことを知っているけど、こっちは何も知らない。いいひとじゃないふりをしている、本当は優しいヘンな仮面売りだってことしか分からない。

 だから、怖い。

「アンタ、なんなのよ」

 もう一度繰り返す。お前は何なのだ、と問う。

 それに対して、仮面売りが困ったように笑ったのが分かった。

「うーん、説明するのは難しいなぁ。僕はただの仮面売りだよ」
「それじゃわかんないわよ」
「じゃあ、何を知りたいのかな。あ、プロフィール? 残念ながら僕のプライベートは非公開だよ」
「……何が目的なの」
「だから、伝統に従って皆さんに面をしてもらうことだって」
「じゃあ、なんでお面をしなきゃいけないの」
「だって、そういう決まりなんでしょ? 君が言っていたとおりに、さ」
「でも、変わっちゃうんでしょ。なら、それは本当の理由じゃないんじゃないの」
「それを知る必要はあるのかな?」
「必要とか必要じゃないとかじゃなくて、私は知りたいの」
「じゃあ、僕はそれを知っていると思う?」
「思う」

 それは確信だった。
 女としての勘で、男のそれを本当だと思った。絶対に仮面売りは何かを知っている。理屈ではない。それは本能だ。

 彼は何かを隠している。
 何を隠しているかは分からない。

 ただ、彼女のなかでは、仮面売りが何かを隠している、ということが重要であったのは確かだ。


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