愚者の仮面

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名もなき怪物

2013/05/03 22:45

 行き逢い神。

 今はもう、その名を知っている人は少ないだろう。
 行き逢い神はとどのつまり、逝き逢い神である。
 字の通り、行き逢い神は死を呼ぶ神なのだ。遙か昔に人々の間に広まった言い伝えによれば、行き逢い神に逢うだけで不幸が起こると言われている。

 神は神でも、彼らは死に神然とした存在だ。

 しかし、彼らは元は我らと同じ人である。
 それも非業の死を遂げた人間である。よって、その姿は人の姿に近く、その心の在りようもまた然り。

 ただ、その多くは人を恨んでいる。
 何故かと問われれば、その答えは酷く単純だ。
 非業の死の多くは人の業によるものだからである。人に依って死を与えられた人々は行き逢い神となり、無差別に今を生きる人間たちに死を降らすようになる。

 そして、今日もまた行き逢い神の行列が現(うつつ)を行く。



 黒い行列が、暗く細い道を行く。

 身に纏う装束は皆一様に、黒い。
 しかし、その衣服は人それぞれで、着流し、古ぼけたドレス、軍服に学生服と様々だ。

 彼らの周りだけはしん、と空気が沈み、其処だけ世界から隔離されているかのように耳障りな雑音が脳を掻き回す。

 しかし、誰独りそのことに気付きはしない。誰もが知らないままに行き逢い神とすれ違い、何かを喪っていく。喪ったことに気付かない者もいるかもしれない。

 ――彼らが望むも望まないも関係なく、何かが奪われていく。

 行き逢い神が、幸せそうな親子の傍を横切る。
 ふっ、と両親の間にいた元気な男の子の姿が其処から掻き消え、行き逢い神の最後列に加わった。あとに残るのはすすり泣く女の呻き。

 行き逢い神が、喪服に身を包んだ人々の隣を過ぎる。
 すっ、と冷たい風が吹いて、女性の首に飾られていた白い真珠が地面に散らばった。その不吉さに空高く悲鳴が上がる。

 行き逢い神が、新聞紙にくるまって静かな寝息をたてていた男の前を通る。
 その寝息がだんだんと静かになって、その微かな音すらも世界から消えた。しかし、そのことに誰も気付かない。


 だが、最後列を行く、先ほど突然両親と引き離され、行き逢い神の行列に加えられた少年がじっと動かなくなった男を見つめていた。
 声もなく歩いていた少年はその微かな変化に気付いたらしい。

 きょろきょろと周りを見て、少年は初めて気付いたように隣を歩く黒いセーラーに身を包んだ少女を見つめた。
 目の前でひらひらとスカートが躍る。そして、肩まで届く綺麗な黒い髪が僅かに風にそよぐ。

 彼女の姿。それは少年に、いつも手を引いてくれた愛しい母の姿を思い起こさせた。
 彼は黙々と隣を歩き続ける少女の顔を見上げ、小さく問いかける。

「ねぇ、おねえちゃん、あの人動かなくなっちゃったよ」

「そうね」

 そっけなく応える少女の声に少年はびくりと肩を震わせた。
 彼女はこっちを見すらしない。
 しかし、その声に少年を拒絶する響きはなかった。勇気を出してもう一度話しかけてみる。

「さっきね、僕のおかあさん泣いてた」

「ええ」

「それに、黒いお洋服のおんなのひとはおっきな声あげてた」

「ええ」

「……あれぜんぶ、おねえちゃんのせいなの?」

 最後の言葉は恐る恐る口にしたものだった。

 すると、少女の表情のない顔が少年のほうへ向けられた。
 不自然に長い前髪に遮られつつも奥で光る黒い瞳が少年を捉える。

「……違うわ」

 否定の言葉を発して、彼女は前を歩くドレス姿の女を指さして言った。その指は白い包帯でぐるぐると巻かれている。

「あの人、自分の子供を無理矢理取られて、自分は邪魔だからって殺されたんですって。まぁ、お偉い人の妾だったみたいだから、跡継ぎは欲しかったけど、ていう話なんでしょう。子供を奪われたことが未だに許せないみたい」

「ふーん」

 少年には少女が何を言ったのかよく分からなかった。けれど、彼女の固い声にそれ以上聞くことは躊躇われた。
 そのまま淡々と続く少女の声に耳を傾ける。

「それに、あっちの人」

 続いて少女は軍服を身に纏った痩躯の男を示した。

「あの人は首に妻が作ったお守りの真珠の首飾りを付けていたらしいの。けど、その真珠を狙った軍の仲間にその首飾りで首を絞められて死んだんですって。そのときに大切にしていた真珠は散らばって、何処かに行ってしまったらしいわ」

「…………」

 少女の指し示す男の首あたりに赤黒い痣のようなものを見つけて、少年は慌てて視線を逸らした。
 なんだか見てはいけないものを見てしまったような、そんな居心地の悪くなるような気分だった。

 すっかり黙り込んでしまった彼に冷たく一瞥をくれて、少女はふん、と鼻を鳴らす。

「この行列はそういう人たちの集まりよ。誰かは分からないけど、路上で死んだ奴ぐらいいるんじゃない?」

「……みんな、しんでるの?」

「ええ、私も、あなたもね」

「……そっか」

 少年は諦めたようにそう言って、後ろを振り返った。今更振り返ったところで、もう母の姿は見えない。なんとなく、もう会えないんじゃないかと、そう感じた。

 そんな少年を憐れむように見つめて、少女はそんな自分を振り切るように頭を振った。
 そして、彼女は前を見据えて、僅かに目を細めた。

  そんな少女の姿がなんだか悲しそうに見えて、少年は思わず尋ねてしまった。

「おねえちゃん、どうしたの?」

 少年はそう尋ね、そして、少女の視線の先を辿った。

 そして、ある家を見つけた。彼女はその家を見て悲しそうなのだ、と気付く。

 その家の前には、本当にたくさんの人がいた。
 皆、黒い服を着ている。先ほど悲鳴を上げた人々と同じような恰好をしている、と少年は気付いた。

 少女は前を見たまま、微かに囁く。

「あの家、お葬式なの」

「おそうしき?」

 聞き覚えのない単語に首をひねる。すると、微かに困ったような声で少女が教えてくれた。

「死んだ人とお別れをする儀式のことよ」

「……おねえちゃんもやった?」

「ええ」

 そう言っている間にその家の前を通り過ぎた。途端に悲鳴が上がる。
 そのただならぬ声に思わず少年が後ろを振り返った。

「……ああ、やっちゃった」

 自嘲するような少女の声に応える余裕もない。

 少年の視線の先。黒い服を着た人々が集まる家。
 その家から真っ赤な炎が立ち上っていた。赤く燃え立つ火が徐々に屋根を飲み込んでいく。

 唖然と炎を見つめる少年に、少女は小さく溜息をついて告げた。

「私の場合は『こう』なるのよね」

 しみじみと言って前髪を押さえる少女に、少年は恐る恐る尋ねる。

「……おねえちゃんってどうして死んじゃったの?」

「私?」

 セーラー服を翻し、彼女は長い前髪をかき上げてみせた。

「私はね、放火による火事で死んだのよ」

 長い前髪の合間、そこから垣間見える肌は赤黒く焼けただれ、口元がひきつったようになっている。
 その顔は、奇しくも笑っているかのように見えた。

「……ふーん、そっか」

 そう言って少年は、通りすがりざまに道の傍らで炎に怯え泣いていた幼い少女の手を取った。そうして、よしよし、と前に母にしてもらったようにその小さな頭を撫でる。

 彼女は泣くのをやめると、手を繋いだ少年を見上げてにこっと無邪気に笑った。

 ――その背後で力なく倒れる自分の躯に気付くこともなく、その躯を抱き上げて咽び泣く母の姿にも気付くことはなく。



 行き逢い神。

 それは死を運ぶ神である。人でありながら人成らざる魔性の者たちである。
 そして、今日もまた行き逢い神の行列が現(うつつ)を行く。
 
 その死を避ける方法は、無い。

     
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不思議で、どこか現実離れした、暗澹とする話ですね。
茨の棘に覆われて眠るような、そんな奇妙な感覚を覚えました。
スラスラと流れていくような展開で、読みやすく面白かったです。

行き逢い神という言葉は初めて知りました! こんな言葉もあるのかあ、と感嘆します。北アメリカのウェンディゴとか、日本で言えば口裂け女みたいなのが当てはまるんですかね。

投稿日
2013/05/04
投稿者
上の空一助
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Re: タイトルなし

>上の空一助さん
拙作に目を通して頂きありがとうございます。
暗鬱とした話が書きたくて書いた話でした。
お題は「制服」だったのですが、ほぼそれを感じさせないほどホラーな内容になりましたがw

行き逢い神は本来「行逢神」と書いて、主に西日本に多く伝わっている怪異です。
まぁ、私は行逢神とも呼ばれている「ヒダル神(人に憑りついて空腹にさせる厄介な神)」のほうだけ知っていて、そこから色々調べていくうちに辿りついただけなのですが。
しかし、「行逢神」自体くくりがざっくりとしているので、なんか都市伝説的な怪異が増えていくたびに全部「行逢神」になれるんじゃないかと怖くなりましたw


そして、当方企画の掌編企画への作品投稿ありがとうございました!

投稿日
2013/05/04
投稿者
有里馨
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