愚者の仮面

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宵祭之事 <壱-参>

2012/12/24 23:01

 思わず袋を顔から遠ざける。
 そして、自由な方の手で翁面の肩を掴んだ。

「ちょっと、翁面!」

「え、翁面っておれのこと?」

 がくがく揺らされながら面食らったように言う男に、少年は意気込んで畳みかけるように言う。

「お前だよ、他に誰がいんだよ! おい、これやばいって。まばたきしたって! 魚なのに。マジやばい。やばいやっばい、どうしよ、俺呪われるかも」

「……それより昨今の若者の言葉遣いにショックが隠せないよ、おれは」

「あー、すいませんね! けど、これ怖いって。やばいって」

 これみよがしに金魚の入った袋を翁面の鼻先に突き出す。
 翁面は興味もなさそうにそれを眺めて、深々とため息をついた。

「そりゃ瞬きもするでしょうよ、癖なんだから」

「まばたきするくせのある金魚なんかいるか」

 恐怖に喚き立てる少年に、翁面はほんの少しだけ哀れむような瞳をした。

 そして、吐息のように一言。

「……本当に分かってないんだなぁ」

 翁面はもう一度ため息をつくと、肩に乗った少年の手を掴んだ。
 そして、少年の手の中の金魚をもう一度器に戻した。
 狭い窪みの中でも金魚は何事もなかったように泳いでいる。

「ちょっとこっちおいで」

 くい、と翁面に手を引かれた。
 ずんずんと人混みの方へと歩いていく。
 その意図が分からなくて少年は戸惑い気味に翁面を見上げた。

「なんだよ」

「いいから来なさい」

 静かな一言だった。
 だが、有無を言わさぬ強さに一瞬ひるむ。

 翁面はその隙を見逃さず、少々強引に少年を人混みへと投げ込んだ。

 強い力にぐっと体が引っ張られ、踏みとどまる余裕もなく人の波に突っ込む。

「うわっ!」

 襲い来るであろう衝撃に少年は思わず目をつぶった。

 だが、待てど暮らせど痛みはない。

「……?」

 恐る恐る両目を開けた。
 少し離れたところで翁面がその面を上げる。

 翁面の向こうには、少年とそう変わらない年頃の青年の顔があった。
 今まで顔が見えなかったから大人だと思っていたのだけれど……しかし、年に見合わない落ち着きようがやはり彼を必要以上に大人に見せる。
 一体どんな理由があったら、こんなにも若くして大人にならなければならなくなるのだろう。

 その悲しげな瞳に身動きが取れずにいると。

「周りを見てごらん」

 と、痛みをこらえるような声でそう告げられた。
 だからこそ、その言葉に逆らうことなど出来るはずもなく。

 少年は意図せざる現実を見ることになった。

「な……んだよこれ」

 唇からこぼれ落ちた声は震えていた。

 少年のすぐ近くで多くの人たちがすれ違っている。
 時折肩がぶつかっては小さく謝る声やそれに応える囁きが聞こえてくる。それでも皆楽しそうに祭りの喧噪の中を歩いている。

 けれど、少年はその中に自分が「居ない」ということに気が付いた。気が付いてしまった。

 子供を肩車した父親と肩が触れ合う。
 いや、正しくは触れていない。少年の体を「通り抜けた」だけだ。
 少年のことなど見向きもせず、まるでそこに何もいないかのようにその父親は過ぎ去っていく。

 本来ならそこに有るべき触れ合いも、衝突もなく。
 少年も体に奇妙なおぞましさと温かさを感じさせたのみで、何も触れることが出来なかった。

「なんなんだよこれ!」

 未だ気持ち悪さの残る肩を押さえて、少年は声を枯らして怒鳴った。大きな声が境内に響く。

 だが、誰も振り返らない。
 気付かない。

「なんで、どうして、だって……」

「気付くわけがないんだ。だって君は死んでいるんだから」

 青年が、静かな瞳で呟いた。
 息が詰まる。

 死んでいる? 誰が? ……俺が?

「君はここに来たときに同級生を見かけたね? 当然声をかけた。でも、彼らは振り返らなかった。遠かったから? それは違う。聞こえてないんだ。君はもう死んでいて、ここに『居ない』んだから」

 淡々とした声に感情はない。意図的に排している。そう感じた。
 ただ有るべき事実だけを述べる、それだけに彼は終始している。

「それにね、このお面」

 彼はそう言うと、自らの頭に乗った翁面を手に取った。
 その表面にある細かい傷を愛おしげ撫でて、青年は真っ直ぐにこちらを見据えてくる。
 反射的に逃げたくなったが深い色の瞳が目を逸らすことを許さない。

「このお面、神社の入り口でもらったろ? 不思議だとは思わなかったかな。こんな本格的なお面、今までのお祭りでもらったことないだろう?」

 突然の問いに怯えながらも少年はこくんと頷く。

「……ああ、なかった。今までもらったことなんかないし、少なくとも俺は声かけられるまであんなところに人がいるなんて気が付かなかった」

「まぁ、そうだろうね。これはね、この世のものではない証。死者であるという記号なんだ」

 翁面を顔の前に翳して、彼は薄く微笑んだ。
 その端正な顔に陰が落ちる。

「おれも君と同じ。死んでるんだ」

 その声があまりにも何気ない調子で、まるで世間話でもするような軽さだったから一瞬耳を疑った。
 しかし、彼の静かな表情にそれが聞き間違いではないのだと思い知らされる。

 けれど、本当ならすぐに気付くべきだったのかもしれない。彼もまた、お面をしているという意味に。

「……そうだね。ちゃんと話そうか」

 翁面が一歩拝殿の方へと踏み出す。そして、軽く少年を手招きした。

「おいで」

 このまま何も聞かないで、全部悪い夢だったと逃げ出してしまえればどんなに楽だったことだろう。
 けれど、その声はあまりにも優しかったから。
 嘘なんてついていないということを信じさせるには、残酷なほどに事足りてしまっていた。

 少年は一度だけ人波を見つめて。
 もうあの中に触れることも戻ることもないのだろうと絶望を知って、大人しく翁面の後を付いていった。
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