愚者の仮面

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毒入り白雪姫<第二話>

2012/04/10 22:43

担当:有里馨




 白雪は除草剤を撒く手を休めると、中庭に現れた珍入者に怪訝そうな顔を向けた。

 確か、ヴァンスと言っただろうか。
 赤毛のエルフの少年はとたとたとこちらに走り寄ると、白雪の背中にしがみついてゆっさゆっさと彼女を揺さぶった。


「ねーねー、白いおねーちゃん散歩いこーよー」

「鬱陶しい」


 いたいけな子供に辛辣な一言を言い放って、白雪は遠慮もなく背中からヴァンスを叩き落とした。

 どすっ、とヴァンスが地に落ちる音がして重みから解放される。代わりに中庭には少年の泣き叫ぶ声が響き渡った。


「うわーん、白いおねーちゃんに落とされたぁ!」

「アンタが背中に乗るのが悪いのよ! 重たいったらありゃしない」


 とはいえ、流石に子供が泣いている姿を見て悦ぶ趣味はない。白雪は溜め息をひとつこぼすと、そっけなく泣き叫ぶヴァンスに手を差し出した。


「いいから立ちなさい。服が汚れるわよ」


 それでもごめんとは言わない白雪クオリティー。

 ヴァンスは土で汚れた手で涙を拭い、差し出された白雪の手を取った。当然白雪の手にも土が付いて、彼女は思わず顔をしかめてしまう。

 そして、白雪はいささか乱暴にヴァンスの手を引いて立たせると、さっさと手を離して土を払い落とした。

 そして、未だくすんくすんやっているヴァンスを呆れたように見下ろすとそっけなく問いかける。


「で? 散歩に行きたいの?」

「うん。歪の森に」

「……歪の森?」


 思わず顔が歪んだ。

 背筋を寒いものが通り抜ける。言葉にしがたい、何か深く嫌な予感がした。

 歪の森といえば一度入れば帰ってこれないと言われている魔境。

 そんな場所にヴァンスがわざわざ行きたいと言うこと自体おかしい。あの場所は好奇心に溢れた子供だって本能的に近付くのを恐れるような場所なのだ。

 とすると、彼のバックにちらつくのはあの継母の影。
 しかし、あの魔女だってヴァンスのような子供を人身御供として差し出すようなことはしないだろう。多分。

 ただ、行かなくてすむのなら是非ともそうしたいところだ。

 白雪はヴァンスに視線を合わせると、心持ち穏やかに語りかける。


「あの森は一度入ったら帰ってこれない。そう言われているのは貴方も知っているでしょう?」

「うん! でも、ぼくいいもの持ってるんだ」


 笑顔のヴァンスが見せたのは、なにやら子供にはそぐわない高価そうな腕輪。


「これ付けてると森の精霊さんとお友達になれるんだって! だから迷わないで帰ってこれるんだってさ」

「ふーん……」


 それを聞いて、やっぱりな、という思いが頭をよぎった。

 これで確定的になったのはあの継母が絡んできている、ということだ。
 高価そうな銀の腕輪など、どう考えてもこんな子供の持ち物ではない。しかも、魔除けの効果まで備えているなど。

 白雪にはどうしてもあの女が後ろにいるとしか思えないのだ。

 しかし、ここで迎え撃たないのが白雪の性に合わないのも確かだ。
 多少の罠は承知の上で突っ込んでいかないと、魔術の使えない白雪にはあの魔女に反撃する余地さえない。


「いいわ、行きましょう」

「えっ? 本当!?」

「ええ、貴方を一人で行かせるのは不安だもの。一緒に行ってあげるから感謝しなさい?」


 綺麗に笑って見せて、白雪は心の中で舌を出した。

 魔女め、今は笑って見ていなさい。いつか必ずぎゃふんと言わせてみせるのだから……




 ヴァンスはいやにはしゃいでいた。

 初めて来た歪の森に気分が高ぶっているのだろう。白雪が追いつくのがやっと、というほど元気いっぱいに足場の悪い森を駆け抜けていく。

 正直なところ、一瞬でも気を抜くと姿を見失いかねない、というほどに。


「白いおねーちゃん、遅いよー」

「ちょっと待ちなさい!」


 ヴァンスは言うなれば白雪の命綱だ。
 彼はあの女王の手先でもあるが、いなければ白雪がこの森から出ることはかなわなくなってしまう。
 
 現に先ほどから方向感覚は消失し、そんなに歩いていないはずなのにもう城が何処にあるかすら分からない。歪の森は確かに景観こそ美しいが、話に聞いていたとおり魔力に満ちていて人間にはいささか部の悪い居場所だと感じざるをえなかった。

 母譲りの赤い瞳のおかげで魔物たちは襲ってこないのだろうが、茂みの向こうには何かが息づく気配がある。ヴァンスもあの腕輪がなければひとたまりもなかっただろうし、白雪も母から受け継いだ耐性がなければ既に魔物たちの晩餐となっていたに違いない。

 困ったことに二人には魔物たちに襲われてもそれに対抗する手段がないのだ。


「ヴァンス、もういいでしょう? 早く帰りましょう」

「えっ、まだ来たばっかりじゃん。もっと遊びたいよ!」


 白雪の言葉に耳を貸す様子もなく、ヴァンスは跳ねるように先へ先へと進んでいく。
 白い後ろ姿が跳ねる度に白雪は嫌な予感に襲われた。

 やはり、歪の森なんか来るべきではなかったのかもしれない。

 しかし時既に遅し。
 もう森に踏み入って大分進んでしまった。後戻りはそう簡単には出来ない。出来るのであればもっと早くに引き返している。

 ヴァンスが帰るのを待てばいいだけなのだが、問題は彼が帰る気になるまで白雪がついていけるかどうか、という話である。

 もう既に息が切れつつあった。
 それに加えてヴァンスの小さな姿は、少し離れてしまうだけで捕捉しづらくなってしまう。
 入り組んだこの森で彼から目を離すことは容易だが、再び見つけだすのは難題と言えた。


「ヴァンス……!」


 呼んでも返事はない。
 ヴァンスは遅れ気味の白雪に気付く様子もなく先へ先へと進んでいく。


「ヴァンスってば! 待ちなさい!!」


 思わずそう叫んだときだった。

 前を見るばかりで足下に気を払っていなかった白雪は何かに足を取られてしまったのだ。


「きゃっ!」


 小さく悲鳴を上げて、白雪は湿った土の上に倒れ込んだ。


「いたた……」 


 服に付いた土を払い、なんとか体制を立て直す。
 それから慌ててヴァンスの姿を探した。一言彼に文句を言わないと気が済まない。

 しかし、ヴァンスを探すどころか、視界は完全に背の高い草で覆われてしまっていた。
 ここからでは何者の姿も捉えられないのだ。

「嘘でしょ……」

 いくら耳を澄ませても、ヴァンスの元気な声も軽快な足音も聞こえない。

 歪の森の中、白雪は一人取り残されてしまったのだ。




 一方その頃。


「あれー? 白いおねーちゃんいない……?」


 ヴァンスは今更後ろの少女の不在に気が付いた。
 そして、暗い森の中を不安そうに見渡して、はぁ、と溜め息をつく。

「おねーちゃんもいないし、なんかぼくお腹減ってきたなぁ。帰ろ」

 白雪を探す気配も見せず、ヴァンスは森の魔力に惑わされることなく城の方へと歩き出した。
 今の彼の頭には、帰ったら待ち受けているであろう美味しいお菓子のことしかなかったのだ。




 所戻って白雪。

 彼女は一人森の中を彷徨っていた。

 何度かヴァンスを呼んだものの返事は帰ってこなかった。
 ならば覚悟を決めようと、出口もしくは誰かを探して歪の森を歩き回っているのである。
 相変わらず茂みの中では何かがこちらを見つめているが、襲ってくる様子もなさそうなので白雪は我関せずと放っておいた。

 もちろん襲ってくるなら本気で相手をしてやろうと考えていたが。
 むしろ、その殺気のせいで魔物も容易に近付けなくなっているのだが、それは白雪の預かり知らぬことである。


「どうしようかしら……」


 足場の悪い森の中を歩き続け、不安と相まって疲労もピークに達している。
 出来ることなら早急に休みたいところなのだが……

 そう思って、せめて開けた場所がないかと辺りを見回す。

 すると。


 白雪の視界の先に、小さな家がぽつんと建っていた。


 その家はお世辞にも綺麗とは言えない有様だった。
 壁には蔦が這っているし、窓があるけれど白く汚れていておそらく中は覗けない。
 そして、強い魔力を持つ植物たちが周りを取り囲んでいるからなのか、その姿は時折霞みがかって見える。

 ――違う。そうではない。

 この森は空間が捻れている。
 だから、たまたま森のどこかにあるあの家と、白雪のいる場所が繋がっただけなのだ。

 つまり、このタイミングを逃せばあの家には辿り着けなくなる。


「急がなきゃ」


 いかに怪しげな家とはいえ、これ以上歪の森の中で彷徨うつもりなど白雪には毛頭なかった。
 
 地を這う木の根に足を取られながら、白雪は一直線に小さな家へと向かう。一瞬でも目を離せば消え失せてしまう幻のような家を見つめ、ただひたすらに足を動かす。

 そして、やっとの思いでその小さな家の前へと辿り着いた。

 近くで見ても、それはそれは気味の悪い家だった。
 こんな森の中に小屋を建てたぐらいなのだから、家主はよほどの変人なのだろう。
 でもまぁ、それはそれでいい。

 こんな状況で家を見つけられたことは、とてもとてもありがたいことなのだから。


「お邪魔します」


 小さくそういって、ためらいもなく小さなドアノブに手をかける。
 そして、白雪が小さな家の小さなドアを開けると、そこには薄暗くとも生活感溢れる景色が広がっていた。

 白い布をかけた食卓。
 壁際には小さなベッドが7つ。

 ただそれだけの生活の匂いがする部屋だ。


「あら、食事も用意してあるのね。ちょうどいいわ」


 白雪は疲労から空腹を感じていた。

 食卓には小さな皿が7つ、小さなスプーンに小さなフォーク、小さなナイフ、それから小さなコップが7つ揃っていて、それぞれに食べ物が添えられていた。

 野菜にパン、お肉がお皿に乗っているものだから、白雪はそれぞれのお皿からパンとお肉だけ食べて、なんとなく4番目のお皿だけ野菜をも全て食べ尽くして、ようやく満腹になった体を小さなベッドに横たえた。

 が、どれも大きさがバラバラで寝づらい。
 7つのベッドをごろごろと転がって移動すると、幸い一番奥のベッドは丁度よかったのでそのまま眠りについた。




 日もとっぷりくれた頃。


「ただいまー」


 白雪が入り込んだ小さな家の主たちが家の扉を開く。
 途端に彼らの顔が曇った。


「え? なんだこれ、家捜しでもされたか?」

「家捜しというか……なんというか」


 彼らはこの小さな家に住み、歪の森を拠点として生活する7人の小人たちだった。彼らはそれぞれランプを灯すと、明らかに何者かの侵入の形跡のある室内をじっくりと眺めた。

 1人目のラッドが「誰だよ、オレの椅子に座ったのは」と呟き、2人目のソニアが「……僕の肉」と恨めしげに視線を落とした。

 次いで3人目のユイが「いや、ソニア、そういう問題じゃないでしょ」と呆れたようにつっこみ、4人目のクロノが「何で俺の皿だけ全部食われてんだ!」と叫んだ。

 そして5人目のアシュレイが「あれー、俺のパンは? ……まさかクロノが」「食ってねーよ!」と何故か責任をクロノに押しつけ、6人目のレンクトが「盗賊の分際で僕の、この僕の肉を……」と怒りに打ち震えていた。

 そんな空気の中、7人目だけが口を開かない。


「シアンもなんか言ったら?」

「いや……」


 6人目のレンクトの呆れ返ったような声音に、7人目のシアンは困ったように自分のベッドを指さして、


「誰か俺のベッドで寝てるんだが」


 と、6人に向かって言った。

 途端に6人が――真っ先に食べ物を全部食べられたクロノが――シアンのベッドへと近付く。

 そして、初めにユイが感心したように口を開いた。


「へぇ、きれいな子だね」


 そこでは、白雪が穏やかな寝息を立てて無垢な寝顔を晒していた。
 確かに大人しくしていれば白雪は美人の域に入る顔立ちをしている。白磁の頬に流れるような銀の髪、そしてはっきりとした目鼻立ち。目を覚ませば赤く美しい瞳が見られることだろう。

 だが、彼女がどんなに美人だろうと、食を奪われたクロノの恨みには何ら関係がない。


「てやんでぇ!!」


 クロノは勢いよく叫ぶと、シアンのベッドですやすや眠り続ける白雪の上に飛び乗った。


「ぐえっ!」


 なにやらとんでもない声を上げて悶え苦しむ少女に、クロノはしてやったりと満面の笑みを浮かべる。

 が、その喜びは長くは続かなかった。


「何やってるの!」

「ぐはっ」


 ユイの叱りつけるような一言と共に、脇から飛んできた鉄拳にクロノが吹っ飛ぶ。そのまま床に転がったクロノは、鉄拳を飛ばした少年に腹立たしそうに叫んだ。


「何すんだよ、ラッド!」

「別に。気持ちは分からなくもないけど、いくらなんでもやりすぎだと思ったから」

「……ああ」

「シアンもかよ……くっそ」


 がりがりと頭をかいて溜め息をつくクロノ。
 ユイはそんな彼に呆れの表情を向けると、すぐにシアンのベッドの方へと向き直って優しい笑みを浮かべた。


「で、君は誰かな?」

「……ううっ、最悪の目覚めだわ」


 そこではようやく目を覚ました白雪が、ゆっくりとその身を起こしたところだった。

 彼女はきょろきょろと辺りを見回して、微笑むユイ、無表情のラッド、興味津々なソニア、何故か満面の笑みのアシュレイ、仏頂面のレンクト、表情を見せないシアンを順に見て、最後に床に転がっているクロノを鼻で笑うと、もう一度ユイに視線を戻した。


「……おい、そいつ笑ったぞ」

「おれはユイ。君の名は?」

「わたし? わたしの名前は白雪。母が『こんな雪のように純粋無垢な子が生まれてくればいい』とか言って生まれたから白雪と言うらしいわ」

「何処が純粋無垢だ」

「そう、白雪。どうして君はこんなところへ?」

「おい、無視すんな」


 クロノの恨みのこもった言葉を完全にないものとして扱って、白雪は真摯にユイの瞳を見つめて言った。


「お願いがあるわ。わたしを匿って欲しいの」




 第三話(準備中)
 
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