愚者の仮面

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歌うこと、書くこと<2>

2011/08/14 01:56

 雲が揺らめく柔らかな日が差す少女の病室に、今日は少年の姿があった。
 
 玲央が柚希の小説を読みに遊びに来たのだ。
 いつもは一人きりの病室も、彼がいるせいかいつもより暖かく心が安らいだ。
 自分では分かっていなかっただけで、結局は寂しかったのかもしれない、だなんて柚希は思う。
 
 時折紙をめくるひそやかな音がするだけで、風の音すら聞こえそうなほど静かな病室。ただ穏やかに時が過ぎるこんな時間は久しぶりだった。
 まどろむ陽に目を細めて、柚希は窓の外を見遣った。段々と雲が出てきている。今夜は月が見れないかもしれないな、とそんなことを考えた。

 玲央の歌を聴いてから、久しく月を見ていないことを思い出したのだ。そんなことを思って、柚希は久方ぶりに夜空を見上げようと考えていたのだが、昨夜も雲が出ていたし今日も無理そうだ。
 嘆息が我知らず漏れて、その息の音に玲央が紙から顔を上げた。

 「どうかしたか?」

 『いえ、何でもないの。ただ空を見ていただけ』

 「そっか」

 柚希の言葉に玲央も窓の外へ顔を向ける。
 そしてほぉ、と感心したような声を上げた。

 「いい形の雲だなー」

 こくん、と無言で頷く柚希に、彼は嬉しそうに言った。

 「みんな雲なんかない方がいいって言うけどさ、俺、雲好きなんだよね。なんか空は青いだけじゃないんだぜ、みたいな」

 『雲がある方が動きがあって、見てて面白いと思うわ』

 「そうそう! いいよな、雲」

 そこでひとしきり会話が終わったようで、玲央は再び文章に没頭し始めた。
 手持ちぶさたになった柚希はまた雲を追う作業に戻る。ただゆっくりと流れていく雲は、この部屋に流れている空気のように穏やかだった。
 そんな優しい時間は静かに過ぎて行き……

 やがて玲央が紙に目を向けたまま、ぽつりと言った。

 「すごいな……面白いよ、この小説」
 
 『そんなことないわよ』
 
 素直に誉める玲央の言葉に、柚希は小さく首を振った。
 けれど少年は笑って言う。

 「いいや。まず言葉が浮かぶことがすごい。俺、ここまでうまく書けないし」

 そうしみじみ言って、玲央は長い指を組んだ。

 「……いっつもメロディーはすぐ浮かぶんだ」

 哀しそうに遠くを見て、彼は誰に言うでもなく囁く。

 「でも、どうしても文だけは思い浮かばない。たとえ思い浮かんだとしても、書き留められないからすぐ忘れちまう。だから、歌えないまま、忘れられてく音がたくさんあるんだ」

 瞳を伏せて、寂しそうにそう笑う少年の儚げな笑みに、柚希は息が詰まった。
 何度か口を動かして、それでも出てこない言葉にもどかしそうに表情を変える。

 そして、迷うように紙の上でペンを彷徨わせた。
 
 書こうか迷う言葉だ。
 自分が言っていいのか分からない言葉だ。

 そんな柚希に、玲央は黙って何か書くのを待っていたが、何も書かないのを見て取り小さくため息をついた。

 「どうやったら歌を迷わず書けるんだろうな」

 そう言って、小説の書かれた紙を柚希に手渡し腰を上げた。

 「また明日も来てもいいか?」

 その言葉に答えを書く間も、頷いてみせる間もなく、玲央はさっさと背を向けていた。
 その背中が寂しそうで、何か言葉をかけたいと思う。そんな寂しそうな顔をしなくたっていいんだよ、と言ってあげたいと思う。

 『私が貴方の手になってあげる』と、言ってみたいとも思う。

 だけど、絶望的なまでに声が出なかった。
 喉から息が漏れる小さな音がするだけで、おおよそ声と呼べるものは出ない。
 
 (声さえ)

 こちらを振り返ることなく、病室を出ていこうとする少年の背を見つめて、柚希は声なく叫ぶ。

 (声さえ出たなら)

 ――玲央にあんな顔をさせずに済んだのに

 彼が去ってしまった一人きりの病室で、彼女は声もなく泣いた。
 




 月の光は、人が独りにならないための目印なのだと彼は歌っていた。

 (私でも誰かを独りにさせないように、助けてあげることは出来るかしら?)

 昼間に雲があったことが嘘のように、きれいに晴れ渡った夜空を見つめながら、柚希は考える。

 病院の消灯時間はとっくのとうに過ぎていた。
 それでも彼が気がかりで眠れない。

 玲央の寂しそうな笑みが、脳裏に浮かんで離れない。

 鋭く冴えた青白い月の光に白い手をかざし、彼女は吐息を漏らした。

 (私の手は彼を助けられる?)

 考えても分からない。
 どうしてこんなにも彼のことが気がかりなのか。あの寂しそうな笑みが離れないのか。

 でも、知り合って間もなくとも、気になってしまったのだ。
 あの寂しそうな笑みを、もう見たくないと思ってしまったのだ。

 理屈じゃない。 
 もっと心の奥の何かが叫んでいるのだ。

 裸足の脚にスリッパを引っかけて、柚希は相方のメモ帳と以前もらった玲央の部屋番号の書かれた紙をひっつかんだ。
 そして、書く間も惜しむようにメモ帳を手荒く開き、さっさと数文を書いて廊下へ飛び出す。



 足音を立てないように歩くのは簡単だった。
 長く此処に暮らしていたから、夜中に病室を抜け出すのなんて初めてではないし、看護師たちがどの時間に病棟を見回るのかも知っている。
 病室を見つけるなんて、とても簡単なことだ。
 メモに書かれた番号と、目の前の扉に貼られた番号を見比べる。
 
 (ここね)

 念入りにもう一度確認して、柚希は腕を持ち上げた。
 しばらく逡巡するように拳を上下させていたが、やがてきっと前を向いて決心したようにその戸をノックした。
 あまり強くないノックではあったが、静まり返った病棟内ではそれなりに響く。

 「……誰?」

 中から小声で返事があり、柚希は何も言わずその戸を開けた。 
 病室内を覗くと、窓側に置かれたベッドに腰掛けるようにして、少年が驚いたようにこちらを見ている。月を見ていたのだろう。柚希と同じように。
 
 「柚希?」

 初めて名前を呼ばれたが、そんなことに気付く余裕もなく、彼女は無言でずんずんと彼に迫る。 
 そして唖然とする玲央の目の前に、初めて会ったときのようにメモ用紙を突きつけた。

 『私が貴方の手になってあげる』
 
 少年の目が驚愕に見開かれた。
 そんな彼の目の前で、次々とめくられていくページ。 

 『詩が思いついたら私に言えばいいわ。それを貴方の代わりに書き留めてあげる』

 『私にも貴方のことを手伝わせて欲しい』

 『貴方の歌が好きだわ』

 『私が手伝うことで、貴方の歌が増えるならとても嬉しい』

 そこで一旦手は止まって、少年の目の前で真新しいページに文字が刻まれる。 


 『それにね、私が貴方の歌の歌詞、書いてあげてもいいのよ?』 


 そう書いた少女の頬は少し赤い。
 それを見て、今まで呆気にとられていた少年はようやく笑った。おかしくてたまらない、というように、こらえきれないように笑う。
 そして、優しい目をして口を開いた。

 「じゃあ、俺の相方になってくれるか? 正直言って言葉を扱うのは苦手なんだ」

 彼のいたずらっぽい笑みを見て、つられたように柚希も笑う。 
 しかし、すぐに表情を改めて微かに赤い頬のまま、片目を閉じた。

 
 『なってあげてもいいわよ?』


 相変わらず素直になれない彼女の言葉に、少年は呆れたように肩をすくめた。

 


 ある日の昼下がり、とある少年と少女が2人きりで樹の下に座り込んでいた。
 少年は目を閉じて、少女はそれに寄り添うように、歌っている。

 いや、正しく言えば歌っているのは少年だけだ。

 けれど、音はなくとも2人の歌声は確かに青空へと昇っていた。
 
                                                <終>
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1話に続いてお邪魔します。木々見カキマです。

このお話を読ませていただいて、「できること」が限られるということを考えています。

私なんかは、一つのことに躓くとすぐに別のことをし始めてしまいます。またそれがすぐにできてしまうんですよね。
それだけ私には「できること」が多いんですね。

しかし、物事に対する意識は柚希ちゃんや玲央くんにはるか及ばないほど弱いです。
できることが私なんかよりもはるかに限られているのに強い意識で生きている。

何かを失っているからこそ、「できること」が限られているからこそ、より強く生きていけるのかもしれないなと思う反面、「できること」が多い私がもっと強く意識を持たないといけない、と思います。


とっても面白かったです。
二人のやりとりに頬を緩ませつつ、でもできること・できないことを理解し、一生懸命に動こうとする姿を見て、思うところもありました。

二人でいつまでも綺麗な音を紡いで欲しいですね。


ではでは、無意味な感想を失礼しました。

投稿日
2011/08/24
投稿者
木々見カキマ
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Re: タイトルなし

>木々見カキマさん

お久しぶりです。2にも感想をいただき、まことにありがとうございます。

何でもできる、という言葉がありますが、なんだかんだ言ってできることって限られているように思います。
もちろんやろうと思えば何でも出来るのでしょうが、体、お金、環境、時間‥‥‥さまざまな制約が世界にはあって、難しいことは出来ることよりもずっと多いように感じます。

前も言っておられましたが、持っている人は持っているのもにそれほど執着心を持たないものです。それはそれで幸せなのでしょうけれど。
だからこそ、持っているものを簡単に切り捨てることが出来る。また手に入れ直せばいい、そう考えているのかもしれません。

持たざるものの方が、生きることにも楽しむことも、自分を遺すことも、欲しいものにも貪欲なのかもしれません。

書きながらそんなことを思いました。

本当にこれでいいのかと思い悩みながら書いていたので、感想を頂けて嬉しかったです。
ありがとうございました。

投稿日
2011/08/25
投稿者
有里馨
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