愚者の仮面

スポンサーサイト

--/--/-- --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Top ▲

歌うこと、書くこと<1>

2011/08/05 23:21


 彼女は書く。

 俺は書かない。

 
 俺は歌う。

 彼女は歌わない。

 
 最初はただそれだけだった。

 最初はただ―― 


 


 暖かな日が差し込む、そんないつもと変わらない退屈な病室の中で、少女はペンを置いた。
 机の上には書きかけの文章と、消しゴムのかす、使い慣れた赤いシャーペン。

 (もうすぐかな……)

 壁に掛かった色気のない白い時計を見上げて、うーんと伸びをする。
 いつも検診にくる先生が、彼女と話が合いそうな少年を連れてくる、と言った時刻まで後少しだった。

 (どんな人かしら?)

 彼女自身、あまり人と関わることが多くはなく、同じ年頃の男の子なんて、ほぼ見たことがない域である。
 長い間病室に閉じこもって生活をしてきたせいだ。
 運動を強要されない体は重く、閉じこもって生きていたためか人と関わることすら億劫だった。

 そんな中、話が合うかもしれないと同じ年頃の子供が、しかも男の子がやってくるというのだ。少し怖いような、楽しみのような、そんな複雑な気持ちだ。
 そんなどきどきとわくわくの中、少女はそのときを楽しみに待つ。

 こんこん。

 待ちに待ったノックの音がして、彼女は飛び跳ねるようにベッドから降りてドアを開いた。

 「やぁ、気分はどうかな?」

 扉を開いた途端、眼鏡を掛けた優しそうな男性が少女にそう声をかける。
 彼女の主治医である、まだ年の若い医師だ。
 少女がこくりと頷いてみせると、彼は「ああ、良かった」と人好きのする笑みを浮かべて、後ろ手に背後ををせっついた。

 「ほら、玲央(れお)。彼女がそうだよ」
 
 そう言われて、彼の陰から出てきたのは彼女より少し年上くらいの、冷めた目をした少年。しぶしぶ、と言わんばかりの苦い表情と、黒い瞳が少女を射抜く。
 そんな少年の様子に、医師は小さく苦笑じみた笑みを浮かべると、少女に向き直ってこう言った。

 「彼は玲央。きみと同じで、創作って言うのかな? 創ることが好きでね。彼は歌だが、君の小説も“言葉”に関するものだから、話が合うかと思って連れてきたんだ」

 ほら、玲央からも挨拶をしなさい、と彼が少年へと声を掛けると。
 むっとした表情のまま、彼はその口を開いた。


 「お前声が出ないんだってな?」

 
 初めて聞いた彼の声は、高く澄んでいたが、その言葉は横暴だった。

 「声出ねー奴と、話なんか出来んのかよ」

 その乱雑な一言に、少女がかっとなって手身近な紙にざっと書いて寄越す。

 『貴方失礼だわ』

 お世辞にも綺麗とは言えない少女の文字を、少年は鼻で笑った。

 「ふん。どうせ字も汚ければ、書いてる話だって大したもんじゃないんだろ?」

 「ちょっと、玲央!」

 あまりに酷い言いぐさに、医師は玲央を咎めようと口を開くが時既に遅し。

 瞳にいっぱいの涙を溜めた少女は、いつも使っているペンを投擲のように力一杯投げつけた。
 もちろん失礼な少年に。

 「……! いってーな!!」

 床に落ちるペンが耳障りな音を立てて転がり、少年が痛みに顔をしかめると。
 その間にも少女は少年へと駆け寄り、小さな体で力一杯玲央の体を押し出した。

 「うわっ! 何だよ!!」

 騒ぐ少年を廊下へ押しだし、ばたん、と力強く扉を閉める。室内には、困ったように笑って立っている医師と少女の2人だけだ。
 彼女はその意志の強い瞳を吊り上げて医師へと詰め寄る。

 『何、あの失礼な奴』

 「……口は悪いけど、悪い子じゃないんだよ」

 『信じられない』

 少女は不機嫌そうな表情でそう荒く書きつける。その表情は類を見ないほど不機嫌で、何を言っても聞き入れそうになかった。
 そんな少女の頑なな態度に医師はため息をつき、「一応これが彼の病室の番号ね」と言って、一枚のメモ用紙を残した。それは彼女のひとつ下の階の病室を表している。

 『絶対行かない』

 「柚希(ゆずき)ちゃん……」

 ふくれっ面でそう書き記して、彼女はそっぽを向く。
 医師が取りなそうと名前を呼んでも、その頑なさが消えることはない。 
 そんな彼女の様子に医師はもう一つため息をつくと「じゃあ、また来るからね」と、言って病室を出た。

 一人になった部屋で、少女は睨むように残されたメモを見つめる。

 (なんなのよ、あいつは)

 出会いとしては最悪で。

 作品とまみえるには、余りに心が遠かった。




 最悪の出会いから1日経って。
 昨日と同様、気持ちよく晴れた青い空を、中庭に面した病室の窓から見つめて、柚希は小さく息を吐いた。

 (綺麗な空だわ)

 目を閉じて深く息を吸うと、中庭に植えられた木の若い匂いが満ちる。優しい香りだ。窓から吹き込む風は優しく木々の匂いを運んできて、病室の鬱々とした空気をさらっていく。気分までもが空のように晴れ渡っていくような心地。

 そんな幸福な時に。

 柚希に耳慣れない、しかし何処か懐かしく、優しい歌声が届いた。
 
 下の中庭からだ。彼女はベッドから降りて、窓際へ駆け寄る。そして、そっと下を覗き込んだ。

 (あら……)

 「月の光に涙を混ぜて」

 優しい声で歌っているのは、彼の少年だった。
 昨日見せていた鋭い表情はなりを潜め、高らかに歌いあげるその姿は誇り高く、そして喜びに満ちている。
 うっすら浮かんでいる笑みは、本当に楽しげで柚希は思わずつられて微笑んだ。
 それだけの力が、その歌と表情にはあった。

 (もっと近くで聞きたい)

 そんな衝動に突き動かされて、昨日喧嘩したことすらも忘れて、彼女は病室を飛び出した。
 廊下に出ると、顔馴染みの看護師がびっくりしたように、彼女を見ている。

 「どうしたの、柚希ちゃん。あなたが外に出るなんて珍しいね。どうかした?」

 戸惑ったまま、看護師は柚希にそう尋ねるが、当の彼女はそんなのお構いなしに、

 『ちょっと中庭に行ってくる』

 いつでもポケットに突っ込んであるメモ帳に、そう走り書きして、

 『体調はいいから心配しないで』

 そう書き残して、柚希は廊下を走り去っていった。
 後にはぽかん、と口を開け放した看護師が取り残される。

 「……あ。廊下は走るな、って言うの忘れた」

 看護師はあっけにとられたまま、段々小さくなる彼女の後ろ姿を見送った。




 柚希が中庭に辿り着いたときには、少年は1つの歌を歌い終えようとしていた。 

 「夢の中でも」

 目を閉じて、柔らかな風の中で玲央は歌う。

 「君を見失わないように」

 それでその歌は終わりのようだ。

 玲央は静かな表情で目を開けた。しかし、その瞳は何かを映している様子はなく、ただぼーっと虚空を見つめている。 
 柚希は、彼がそのまま何もする様子がないのを確認すると、そのまま音もなく玲央に近づいた。けれど、玲央に気付く様子はない。

 『ねぇ』

 玲央の隣にちゃっかり座り込んで、柚希は彼の眼前にそう書いたメモ用紙を突きつけた。
 すると、全く彼女の接近に気がついていなかった玲央は、ぎょっとしたように自分の目の前を覆った紙を、声もなく見つめる。そして、差し出された手を辿って、柚希を睨みつけた。

 「なんだよ、お前。俺に喧嘩でも売りに来たのか?」

 先ほどまでの、静かで大人びた彼の面影はなく、隠す気のない敵意が柚希を刺す。
 だが、彼女はあくまでもマイペースで。瞳をきらきらと輝かせ、メモを次のページへとめくった。

 『ねぇ、もう一回歌って聴かせてよ』

 「はぁ!?」

 柚希を睨みつけ、どんな悪言が来ても迎え撃つつもりでいた玲央は、予想外の言葉に目を剥いた。 
 そして唖然としたまま、バカにするように口を開く。

 「誰がお前の言うことなんか……」

 『歌ってってば』

 「おい、お前ちょっとは人の話を……!」

 聞け、と言おうとしたが、やはり柚希の言葉に邪魔をされる。

 『私は貴方の歌が聴きたいの』

 「だからなぁ……」

 『お願い』

 だめなの? と、しおらしく柚希がねだってみせると、玲央は固まって。
 しばらく口をぱくぱくさせたり、ため息をついたり、動揺していたが、頭を掻くと、

 「仕方ねーな」

 と、根負けしたように目を閉じた。
  
 さっき歌っていたときも目を閉じていたし、彼にとってそれは歌う合図なのだろう。
 
 玲央にならって、柚希も静かに目を閉じた。
 木々が立てるさざめきの音だけが、柚希と玲央の二人を包む。
 やがて、玲央がすぅ、と息を吸う音がして。

 静かな歌声が、二人きりの庭に響いた。


   月の光に 涙を混ぜて

   夢の狭間の君 に贈ろう
 
   独りに ならないように

   寂しく ないように
 
   光る 優しい目印を

   君が僕を

   忘れてしまったとしても

   それでも 僕が

   君を 見つけられるよう

   夢の中でも

   君を 見失わないように


 一呼吸、玲央が息をゆっくり吐く音がして。

 「ふん、こんなもんだ」

 少し照れくさそうに、しかしどこまでも自信満々に、玲央はへへっ、と笑って見せた。
 柚希も目を開けて、優しい目で彼に微笑みかける。

 『すごいわ』

 素直に誉める柚希に、玲央はびっくりしたように彼女を見つめて。

 「ありがと」

 玲央は年相応な幼い笑みを浮かべて、嬉しそうに礼を言った。
 その言葉に柚希も、声はなく唇の動きだけで笑ってみせる。

 二人の中にあったわだかまりが、完全に溶けた一瞬だった。

 しばらくお互いの間を駆ける風に身を任せて、黙って周りの風景を見ていた。
 けれど、少年の一言でその静寂は破られる。

 「……なぁ、お前、いつから声出ねーの?」

 玲央は気遣わしげに、柚希を窺うような表情でそう尋ねた。少し前までの攻撃的な表情は陰もなく、穏やかな瞳が柚希を見つめている。
 その表情の違いに、柚希はくすりと笑みをこぼして。特に迷いもなく、メモ用紙の白紙に文字を書き入れ始めた。今更隠すようなことでもないというのもあるのだろうが、何よりも玲央に対する警戒心がもうないというのがあるのだろう。あの歌声にはそういう力があった。
 
 さらさらと文字を書き綴って、柚希はメモを1枚1枚少年に手渡していく。

 『記憶がある頃には、もう声は出なかったの』

 『それに、体も弱かったから』

 『私は気付いたときには、ずっと病院のベッドの上』

 『声も出ないから友達も作りようがなくて、ずっと1人で本を読んでばかりいたわ』

 「……寂しくなかったのか」

 ただ淡々と、あったことを書き記していく柚希に、痛ましそうな表情を見せて、玲央は問う。
 けれど、彼女は寂しそうに笑うだけで、何も言いはしない。

 何も言えはしない。

 ただ、何よりも雄弁な表情で物語る。

 「そうだよな……寂しくないわけないよな」

 玲央は悲しそうに目を伏せて、片膝を抱いた。そして、静かに口を開いた。
 その表情は微かな苦痛を伴っている。

 「俺は小さいときから、あんまり手がうまく動かなかったんだ」

 それは彼自身の話。

 柚希が自分のことを話したがらないように、きっとそれは彼にとっても苦痛なのだろう。
 それでも、自分だけ聞き出すのはアンフェアだと、玲央は自分の話も始めた。

 柚希は、はっとして彼の横顔を見つめたが、玲央は別にいい、と片腕を振って見せる。
 
 だから柚希は、黙って話の続きに耳を傾けた。
 それを見て、玲央は言葉を続ける。

 「だから、学校行ってもノートはとれねぇし、ボール遊びとか夢のまた夢だしさ。メシを食う分には困らねぇのは、不幸中の幸いだけどな」

 動くには動くが、うまく曲がらない自分の指を見つめて、彼は自嘲気味に笑った。

 「だけどさ、なんかムカつくんだよ。誰に、とかじゃなくてさ。なんかさ、生んでくれた母さんがイヤなわけじゃないし、腕が動かないことを妙に気にする奴らが憎いわけじゃない」
 
 くやしそうな瞳は、やりたいことがある証拠だ。
 
 「指さえうまく動けば俺はギターだって弾けた。ピアノだって」

 遠い目は、過去の自分を見つめている。

 「前は普通の人たちが羨ましい、って思ってた時期もあったけど、今はもう諦めてるんだ。だけど、どこか釈然としねーんだ」
 
 『分かる気がする』

 柚希は同意を示して、続きを待つ玲央の前に次の文を提示した。

 『私も声が出る人たちが羨ましいって思ってたわ。私は私でしかないのは分かってるのに、どうしようもなくそう思ってしまうの』

 「ああ」

 『多分、それはみんなが出来ることが出来ない、自分への苛立たしさなんだと思う』

 「……そうだな」

 小さく同意を見せて、玲央は柚希へと微笑んだ。

 「何がイヤって自分がヤなんだよな。ほかの誰かじゃなくて」

 『ええ、そうね』

 柚希が小さく笑って、暗い話を終わりにするように、玲央は明るい声音を出した。

 「なぁ、お前は小説書くんだろ? 俺、お前の書く話、読んでみてーんだけど」

 すると、そう言われた柚希は意地悪くくすっと笑った。

 『私が書く話なんか、たいしたことないんじゃなかった?』

 病室での暴言を持ち出され、少年が渋い表情を浮かべる。

 「……あの時は悪かったよ」

 『冗談よ』

 むくれる玲央に謝って、柚希は少し迷うように手を彷徨わせた。
 紙の上を何度も行ったり来たりして、やがて覚悟を決めたようにペンを動かす。

 『……本当に大したことないと思うわ』

 「読んでみないことには、なんとも言えねーけど。読んでみたいよ、俺は。お前が書いたもの」

 そう言って笑ってみせる玲央に、
 
 『文句は受け付けないわよ』

 安堵したように小さくため息をついて、柚希は口だけで笑った。

                                                <続く>
スポンサーサイト
Top ▲

comment

comment

身体に障害を抱えながら生きていくというのは大変なことだと思います。

幸せなことに、私の身体は今のところ何の不調和も抱えていません。

ですが、それ故に何かを失った人の悲しみや苦しみは理解できないんですよね。

皮肉なもので、持っている人よりも、失った人・持っていない人のほうが大切さをよく知っているものなんですよね。

そんなことを考えてしまいました。今回のお話は考えさせられますね。


それと、柚希ちゃんは意外と積極的ですね。
玲央くんとのやりとりを見て、思わず頬が緩んでしまいました。



無為な感想を失礼しました。
次回も楽しみにしています。ではでは

投稿日
2011/08/13
投稿者
木々見カキマ
URL
URL
コメントの編集
Edit
Re: タイトルなし

>木々見カキマさま

私も幸せなことに障害を抱えることなく、大きな病気にかかることなく幸せに生きています。

それでも、重い風邪を引いた時の手足の重さ、思い通りにならなさ、声の出なさの不安は少しでも分かりますから、考えて考えてこういう話を書きます。
もちろん想像なので、きっと本当はもっと辛いのでしょうけれど。

本当に皮肉ですよね。持っている人はそれだけでも幸せなのに、持っていなかったことがないからそれの大切さが分からなくて簡単に捨てられてしまう。

けど、なんだかんだ言って失うことは怖いです。
何か欠ける、というのは意味も分からない空白感があって辛いです。


今考えると柚希にはもうちょっとかわいい名前を付けてあげればよかったかな、と思いました。女の子なのに(^^;
可愛い二人組を書こうと思って書いた話だったので、まだ幼い二人の姿を追っていただけると幸いです。

よろしければ次もお相手よろしくお願い致します。

投稿日
2011/08/14
投稿者
有里馨
URL
URL
コメントの編集
Edit

comment form

Passのない投稿は編集できません

Trackback

Trackback URL :
http://thefoolpersona.blog136.fc2.com/tb.php/123-20e9d6b5

Copyright (c) 愚者の仮面 All Rights Reserved.

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。