愚者の仮面

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Seaside Love Story<1>

2011/07/04 23:03

 夢の国に行ける、と誰かに言われたことがあった。その時は馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばした記憶がある。
 
 なら今の俺は笑われてしまうな、と少年は自嘲気味に微笑んだ。それでも、今の彼はいつか聞いた夢の国に行きたかった。
 

 ――そこでは、誰もが幸せに笑っていられるのだろう?



          ※



 事の始まりは、ひとりの少女だった。

「人は必ず死ぬわ。誰も変わらず絶対にね。そして、誰だって必ず一回はその死を目にする」
 
 彼女はうっすらと笑みを浮かべてそんなことを言った。

「つまり、俺も死ぬし、俺だって誰かの死を目にすることがあるということ?」

「ええ、誰でも等しく平等に。よく、平等なんてない、って言うでしょう? 違うわ、平等はある。誰だって死ぬもの」

 変わった考え方をする少女だった。
 決して普通ではなくて、しかし異様というほどでもなくて、ただひたすら真実を探し求めているような女の子だった。

 それでも、そういう少し捻くれた、確かな自分の考えをもっていて、そしてそれをはっきりと主張する彼女が好きだった。 
 自分には決して真似は出来ないが、だからこそ近くにいるだけで幸せだった。憧れていたのだろう。だからずっと寄り添っていたかった。

 けれど。

 彼女の持つ、世捨て人然とした雰囲気が、少年にはどこか危うく思えていた。突然いなくなってしまうんじゃないか、という淡い予感。
 
 そして彼の予測通り、彼女は唐突に姿を消した。
 誰にも何も告げずに独り、夜の海に身を投げたのだ。

 次に会えた彼女の姿はもの言わぬ骸だ。しかし、それを見ても涙も出なかった。ただただ、わからなくて。でも、何がわからないのかも分からなくて。
 
 苦しかった。
 それでも知りたいことがあった。
 

 ――あの子が考えていたこと、それを知りたい。

 
 いつだって寂しそうで、何処かここではない別の世界にいるような希薄な彼女のことを、少年はよく知らない。ずっと傍にいたけれど、本質的に彼女の考えを理解できたことはないような気がする。

 ただ隣で見ていただけの自分を、彼女はどう思っていたのだろう。

 尋ねてみたいとは思っていた。しかし、聞けなかった。
 それを聞くことで、ただ心地良いだけだった2人の空間が壊れてしまいそうで怖かったのだ。
 この平穏が壊れてしまうくらいなら、何も変わらない日常が欲しかった。答えを聞くのがただ怖かったのだ。

 けれど、聞けば良かったのだ。こんなに後悔するぐらいなら、ちゃんと聞けば良かった。

 彼女が死んでしまった今、それを知る手段はない。だからこそ、昔聞いた話にすがってしまった。


 それは昔むかし。まだ少年が幼稚園に入った頃のこと。

 
 日曜日になると近所のおじさんが公園に来て、小さい子たちのために色んな話をしてくれていた。
 昔話だとか、おとぎ噺だとか、そんなたわいのないおはなし。少年はそれがとても大好きで毎週楽しみにしていた。

 その時に聞いた『夢の国』の話。

 その話によると、夢の国とは現実では死んでしまった者も生前と変わらぬ姿で生きていて、誰も差別したりされたりすることもなく笑っていられる場所らしい。

 夢の国について話してくれた人は、まだ幼い彼に古びた本を渡して、

「夢の国に行くときはね、三日月の夜にこの本を開くんだ。そうすると、この本が扉になって連れてってくれる。でもね、いいかい」
 
 その人は、唐突に真面目な顔をして言った。

「夢の国には、人生に一度きりしか行けない。ちゃんと考えて行く時を決めるんだよ。本当は行かないのが一番なんだけどね」

 そう言って、彼は寂しそうな顔で微笑んだ。
 

 あの時、自分はなんと返したのか。それが、どうしても少年は思い出すことができずにいる。



 手元にあのときに貰った本がある。待ちに待った三日月の出る夜。刺すような三日月を眺めながら、少年は小さく唇を歪めた。
 心の何処かで、幻想じみた昔話を信じる自分を嘲笑う声がする。それでも、少年は夢でもなんでもいいから彼女に逢いたかった。
 
 たとえ、自己満足でしかない幻だったとしても。それが己の中での真実にはなりえることを、彼は少女から学んだから。


『たとえ自分の妄想でも、それを見た人には真実なのよ。私たち他人には、その人の真実は曲げられない。つまり、見た人の数だけ真実があるのよ』

『神様という概念があるでしょう?
 でも、その神様って違うのよね。健康を害している人は健康を司る神様を創り上げ、平和を願う人は鳩なんかに神の姿を重ね合わせたりする。神様は決して一人ではない。それどころか、人の形を取っているとも限らない。
 それにね、正しい神なんていないの。正しい神なんていないけど、どんな神でも信じる人がいる。だから信じられた数だけ神は存在するわ。その人の中に』


 少し残酷で、けれど遠からず当たっている彼女の考え。

 もしも少年にとって、少年だけの神がいるのであれば、自分は祈るだろう。彼女に逢わせてください、と。彼女の傍にいさせてください、と。
 きっと、そうやって見せられた夢だとしても、今ならそれを現実だと、真実だと信じてしまう自信がある。たとえ、誰に否定されても、決して自分の思いは揺らがないだろう。
 
 この思いだけは、否定させない。

 そうやって、彼女の言葉を思い返しているうちに、少年は知らず知らず眠りに就いていた。


    挿絵1


           ※



 はっと目を覚ますと、室内にカーテン越しのまろいクリーム色の光が満ちていた。時計の針は長針、短針共に6を指している。

「もしかして、寝過ごしたか?」
 
 というか、どう考えてもそうとしか思えない状況である。おそらくうとうとして、そのまま眠りについてしまったのだろう。そして、たった今目が覚めた、というわけだ。
 そうなると高校生の少年には学校に行かなくてはならない、という義務が生まれる。

 サボる、という発想もなくはなかったが、根が真面目な彼はそれを自分に許さない。

「仕方ないか……」
 
 彼はため息を一つつくと、そばに吊るしてあった学校指定の薄い青のワイシャツに袖を通した。

 そして名残惜しげに窓越しに空を見遣る。そこには雲一つない青い空が広がるのみで、昨夜の鋭いまでの白い月は見当たらない。寝てしまった自分が悪いのだが、彼女に会えることをただ祈っていた今の自分にはこの朝の晴れ晴れとした空が恨めしい。
 
 だが、もうどうしようもない。三日月の夜は過ぎ去ってしまったのだ。また一ヶ月、普通に過ごしていけばなんとかなる。少年はそう思って自分を鼓舞する。

 いつもと変わらない退屈な一日が続くと思っていた――このときまでは。



          ※



 外に出て、なんとなくだが違和感があった。
 
 明確に言葉には出来ないのだが、どこかがいつもと違った。空気の纏う雰囲気だとか、気配だとか、そういった場の空気がおかしい。
 少年の通う学園への通学路にも、いつもならもっと通学や通勤の人が歩いているのだが、さっきから人っ子ひとりいない。
 道の途中にある保育園からも、いつもならば園児たちの奏でる騒音がするのだが、今日は園全体が静まり返っている。
 
 不安になって確かめたが、少年の携帯の液晶画面には確かにmon.という文字がある。月曜日。れっきとした平日だ。国民の祝日、ということもない普通の日。
 
 おかしい。何かおかしい。
 
 いつも見ている街並みなのに、なんだか知らない街にひとり放り出された気がして、少年はなんだか心細くなった。

 そんな時。

 とたっ、と子供が駆けるような軽い音が後ろから聞こえた。ばっと振り返ると予想通り5、6才と思わしき少年の後ろ姿がある。

 その姿に既視感を覚えた。どこかで見たことがあるような気がする。
 まぁ、通学区域を通っている幼稚園生などだったら見かけたこともあるだろうが。
 しかし、それとは何か違う気がしている。それはなんとも言えない予感だった。

 まぁ、それはともかくとして、とりあえず何か知っているかもしれないから、と声をかけてみることにした。

「なぁ」

 その子供の背中に呼びかけると、びくっと少年は足を止めた。恐る恐るといったように振り向いたその顔には、不信感がありありと浮かんでいる。

 確かに少年は決して人が好い顔をしているわけではない。そうではないのだが、なんだかこの反応はあんまりだ。別に取って食おうとしているわけではないのだから。 
 しかし、そんなことを思っても、彼の園児の不信感を取り払うことが出来るわけでもない。少年は警戒を解くべく、出来る限りの友好的な笑みを浮かべると、その子供に話しかけた。

「おはよう」
 
「……おはよう」

 今にも逃げてしまいそうな男の子の様子に、挫けてしまいそうになりながらも、頑張って笑みは崩さないようにする。

「俺さ、学校に行く途中なんだけどさ。あまりに人がいないからおかしいと思って。キミ、何か知ってる?」

 そう言って少年が男の子をのぞき込むと、彼はきょとんと愛らしい顔を傾けた。心底不思議そうな表情で、彼は少年に言った。

「がっこう? 今日はお休みだよ。今日はみんなお休みの日なの。そーりだいじん、って人がきめたの」

「……えっ?」

 呆けた顔をする少年に、「じゃあね」と言って子供は走っていった。逃げたように見えなくもない。
 再び一人ぽつんと残されてしまった少年だが、正直言ってそれどころではなかった。状況把握に精一杯である。

 どう考えてもおかしな状況だった。みんなお休みの日だなんてあまりにも馬鹿げている。しかも、それを国のトップが決めただなんて。夢としか思えない。

「夢……」


 そこで少年はひとつの可能性に思い至った。
 

 見た目は普段少年が生活している街となんら変わりない。しかし、常識では考えられないような事態が発生している。普通には起こりえない事態が。

「もしかして、ここが?」

 話に聞いていた夢の国なのか。そう思って、どきりとした。


 ――彼女に逢える


 本当に此処が夢の国だという確証のないまま、少年の心は舞い上がっていた。
 
 だが、その呆けた頭の片隅にあった記憶が少年に教えることとなった。此処が夢見たその場所なのだと。

「そうだ、そうだよ…」
 
 さっき道で会った男の子。あの子は。

「あの子、この前の交通事故で亡くなった子だ」
 
 数ヶ月前、少年の目の前で保育園の男児が事故に遭って亡くなった。その事故にとても大きいショックを覚えた為、少年は努めてそのことを思い出さないようにしていた。だから、あの男の子が誰なのか、どうして見たことがあったのか、すぐに気が付くことが出来なかった。

 死者が生きている。

『夢の国では、もうこっちでは死んでしまった人も普通に生活しているんだ』
 
 あの人の言葉を思い返す。
 彼の言葉を反芻する。


 夢の国の話は本当だったのだ。


 逸る心を抑え、少年は幾度となく行った彼女の家を目指して歩き始めた。

 早く早く。
 
 もうすぐ会える。まず、始めに何を言おう。久しぶり? いやそれじゃあ、芸がなさ過ぎる。なんだろう、いつもはなんて言っていたっけ。やぁ、とかそんな何気ない言葉。

 うきうきとした足取りで少女の家へ向かう、幸せそうなその顔。


 ――だが、少年のその幸せはあっさりとへし折られることとなる。
 
                                                <続く>
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こんばんは。

300字小説以外でコメントさせていただくのは初めての木々見カキマです。

なんだか不思議なお話ですね。

『誰も差別したりされたりすることもなく笑っていられる場所』ですか……

夢の国というからには現実味の無い世界なんでしょうけど、『夢』って良い夢もあれば悪夢もありますからね……。
笑顔が幸せとは限らない、なんて捻くれた考え方を持っている木々見です。

『少女の死』とか『おじさんの正体』とか『夢の世界がどんな場所なのか』とか、その他にも謎めいた部分が多いので、次回以降どんなことになるのか楽しみですね。
なんだか気になる終わり方でしたし。


では、無為な感想を失礼いたしました。

次回を楽しみにしています。

投稿日
2011/07/09
投稿者
木々見カキマ
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Re: タイトルなし

>木々見カキマさん

こんばんは。
拙作にお目を通して頂き、誠にありがとうございます。

高校生の時に書いた話なので、あんまり深い話というわけでもないのですが、自分なりに幸せな結末を探した物語となっています。

「夢の国」というのは、誰でも幸せに、というよりは、好きに生きても赦される、という感じです。
好きに出来るのは幸せですが、傍から見ててそう思えるか、というのはまた別なんですけれども。
幸せって辞書引いても分からないものですから、書くのは難しいと思っています。

昔からミステリが大好きなので、そういうエッセンス的なものも取り入れております。
あと2回、拙いながらも考えたお話なのでお付き合いいただけると幸いです。

それでは、コメントありがとうございました。

投稿日
2011/07/10
投稿者
有里馨
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