愚者の仮面

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硝子玉の追憶

2010/12/22 00:50

 物心ついたときから俺に「色」という概念は存在しなかった。

 
 周りの人間の言う「赤」「青」「黄色」どれも俺の目には見えなくて。
 ただただ暗いのと明るいのがそこにあるだけだった。

 それでも別に良かった。

 無いものねだりしたって仕方がないだろう?
 どんなに願ったって欲しがったって手に入らないものは必ずあるんだ、誰にだって。

 今あるものだけで多分生きることに支障は無い。


 耳が聞こえなくたって、目が見えなくたって、立てなくったって生きてる人間はたくさんいる。

 そんな人たちを前に俺が「色が分からないから生きていけない」なんて言えないだろう?

 


 

 「……彼方(かなた)? 彼方、授業終わりましたよ」

 ぼけー、と黒板を見つめていたらいつの間にか授業が終わったらしい。
 ノートもとらずぼけっとしていたわけで。

 「あー、俺ノートとってねーわ」
 
 「……貴方はこの一時間、一体何をしていたんですか」

 友人は呆れたような目をして、黒板の文字と俺のノートを見比べた。
 見事に1文字もとっていない。

 「んー……先に食堂行ってて。ノートとってから行く」
 
 「分かりました。彼方の分も席とっておきますから」

 「サンキュ」

 背を向けて去っていく明日(あす)の後姿に礼を言って、仕方なく黒板と向き合う。
 
 よりにもよって見ていない時に多く書かれるのが授業なのだろうか。
 普段より多い板書量に辟易として、うっかりシャーペンを取り落としそうになる。
 
 クラスメイトのほとんどはもうノートをとり終えて――当たり前と言われれば当たり前だが――各々弁当を広げて昼食をとり始めている。

 「なによー、カナちゃんまだノートとってねぇの?」

 「五月蝿い。考え事してたら授業が終わってたんだよ!」

 「寝てたんじゃなくて?」

 からかう奴らを尻目に渋々ノートを書き始めるが、やっぱり調子が乗らない。
 
 
 17年生きてきて分かったのは、別に色なんか見えなくても生きていけるってこと。

 俺の目は無彩色だけで世界を映すということ。

 
 そもそも有彩色なるものが分からないのでなんとも言えないのだが、全ての色を薄い、濃いの二つで見分けるしかないらしい。
 病院の先生は「昔にあったモノクロ写真の中で生きてるみたいだ」なんて表現したけれど。


 モノクロの世界。


 響きが悲しいと思ったことだけは覚えている。

 それに自分が他の人と決定的に何かが違うのも分かった。

 お袋は俺を気の毒そうな目で見てたし、親父は酷く険しい表情を浮かべていた。
 友達に花の色が綺麗だって言われても分からないし、最初は黒板だってとるのが大変だった。

 赤が重要なところで黄色が気をつけるところ、って言われたって俺は色ペンなんて使えないし、そもそも書かれてる色を見分けることすら満足に出来ないんだから。

 今は諦めて全部シャーペンでとって、重要なところは下線を引いたりしてなんとかしている。
 たまに友人に頼って教えてもらって。


 なんだかんだで十分に人並みな生活が出来ている。


 それでもたまに思うのだ。
 
 叶わないって分かってたって。

 俺にもありのままの世界が見えたらいいのになって。


 
 例えば友達とビー玉遊びをしたとき。

 玉と玉をぶつけ合うだけの単調な遊びでも、硝子のなかで渦巻く色の奔流が見えるのと見えないのでは大分違う。

 友人たちは「色が綺麗だから」って言って、変わった色や模様の硝子玉を集めていた。
 けど、俺にはその楽しさが分からないから彼らから離れていくしかなかった。
 
 本当はずっとずっと羨ましかったんだ。



 ノートをとり終えて明日の待つ食堂に向かいながら思う。

 

 そんな風に色が見えなくて友達から離れる俺を気にかけたのは明日だけだった。
 あいつは・・・・・・


 『彼方くん!!』

 『……何?』

 帰ろうとした俺を呼び止めて、その小さな手のひらを差し出した。

 たしか小学3年生とかそんなころ。
 明日は小柄で俺より10cmくらい背が低かった。

 顔も女の子みたいで。
 よくからかいの対象になってるような奴で。

 正直その時までまともに話したことなんか1度も無かったんじゃないだろうか。

 そんな縁も所縁もない俺にかまったところで何の得もないだろうに。

 『……何それ?』

 手のひらの上に転がっていたのは硝子玉。
 それも、ただ真っ黒な闇色をした硝子玉。

 明日は少しどもりながら、それでもしっかりと告げた。

 『彼方くんもビー玉欲しいのかなって。でも色が見えないんでしょ? だったら黒1色のビー玉なら見えるかなって。探してきたんだ』


 ――それを見た瞬間、「ああ、こいつならちゃんと『俺』を見てくれる」って思った。

 
 色が見えない「かわいそうな子」じゃなくて、ちゃんと「九条彼方」というひとりの人間として見てくれる。
 そう思った。


 硝子玉を手にとって転がすと、黒い表面に微かに光が反射して、ぼんやりと光が散る。

 その光に目を焼かれたのか、まぶたの裏が熱くなったけど泣きはしなかった。


 涙を見せるのはかっこ悪いからね。


 代わりに笑ってみせる。
 
 明日に黒いビー玉をつまんで見せた。

 『これ……くれんの?』

 『うん! あ、気に入ったらでいいけど』

 『じゃあもらうよ』


 指を滑らせて上着のポケットにビー玉を滑り込ませた。
 小さな、でも確かな重みが明日の優しさなのだと思うと嬉しくなる。

 それを見て明日は嬉しそうにした。

 『……なに?』

 『彼方くんが笑ったとこ、初めて見た』

 ニコニコとそんなことを恥ずかしげも無く言うものだから、思わず吹いてしまった。

 『あははは!』

 『ちょっ……そんな笑わなくても……』

 『いやいや、お前面白すぎだし』

 『そんなぁ……』

 困りきった明日の顔がもう面白くて面白くて、今考えればすっごく失礼な話なんだけど本当に笑ってしまった。
 
 あんなに笑ったのは初めてで、それこそ家に帰ったら腹筋が痛くて痛くてどうしようもない、というまさかの事態に陥るほどに。

 目尻に浮かんだ涙を人差し指で拭って、明日をもう一度見ると、彼は拗ねたようにまだそこに居た。

 『帰んないの?』

 『僕ももうすぐ帰る……』

 その表情がおかしくて、笑ってはいけないとは分かっているけれど思わず笑みがこぼれた。 

 『そんな拗ねんなって』

 『拗ねてないもん!』

 『嘘うそ、じゃあな』

 笑って踵を返す。
 早く帰らないと……


 赤い顔なんか誰にも見られたくない。


 背後で明日がぽかーんとしていたのは分かっていたけど、振り返らなかった。
 振り返れないし。

 でもすぐに後ろから声だけが追いかけてきて、思わず振り返る。

 『またね!』

 『また、ね?』

 
 それは次があるということ。
 
 まだ、一緒に遊んでくれるっていうこと。


 『そっか、またね、か』


 仕方ない。
 
 体ごと振り返って明日に視線を合わせる。


 『またな!』


 俺がそう言うと、明日ははにかんだように笑って見せた。




 

 「悪い、待たせた」

 「別に構いませんよ。大した時間でもないですから」

 しっかりと2人分の席を確保しておいて、明日は1人で弁当に手をつけていた。

 「……お前、普通は弁当食うの待ってるもんじゃねーの?」

 「今更そんな気遣いが必要な仲でもないでしょう?」

 「まぁ、そうだけどなぁ」

 ちょっとつっこみたい気もしたけれど、まぁいいか。

 制服のポケットに手を突っ込み、500玉をつかみ出す。

 「ちょっと俺、昼買ってくるわ」

 「いってらっしゃい」

 そう言って、俺を送り出そうとした明日が変な顔をした。
 不審に思って問いかける。

 「どした?」

 「……彼方、それお金じゃないですよ」

 「へっ?」

 言われて見てみればそれはビー玉だった。
 しかも思い浮かべていたあの時の黒いビー玉。

 「……彼方、貴方はついにお金とビー玉の違いまで分からなくなってしまったんですね」
 
 「頭が痛い人みたいに言うな! ミスだ、ミス!」

 憐れみの目を向けられて、どうしようもなく腹が立ったが、思い返すとどう考えても事の発端は俺のわけで。
 頭を抑えて一旦心を落ち着かせる。

 「は~……行ってくるわ」

 「今度こそいってらっしゃい」

 手を振る明日に、力なく答えて戦いの場―まぁただの購買だがーに向かう。


 その途中で何故かポケットにまぎれ込んでいたビー玉に触れてみた。


 時を経てその表面はくすんでしまったけれど、思い出だけはどうしても消えなかった。

 あの時の嬉しさと恥ずかしさはいつだって思い出せるし、忘れたいとも思わない。
 
 それだけ俺にとって大切なのだろう。


 「お前も覚えてるか?」


 柄にも無く硝子玉に話しかけちゃったりもしながら、今を生きる。



 世界はあの時から何一つとして変わってないけれど、今日も俺は幸福だった。
 
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どうも、訪問ありがとうございます^^
吐かせ博士です。訪問リストから来ました。

授業ってそんなものですよね。あれは先生が狙ってやってるんじゃないかと思ってしまう。

かけがえのない親友っていいですなぁ。
そういう思い出があると、いろんな物が大事に思えてきますよね^^

個人的に、こういう小説好きです。
まあ普段小説読まない人間ですが、たまに顔出してもいいですかね?

投稿日
2010/12/22
投稿者
はかせ
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なんという。いい話だと思うのに。
頭に言葉がまるで浮かばないというwww事故(笑)

いいな。こういう話は書けないな。
友達の友情系の話しかけないんですよねぇ。
裏切りやらなんやらしか浮かばない頭が困るw
だからコメント浮かばないのですかね?

そういえば!最新の記事のとこしか見てなくて気づきませんでしたけど。
序章から<3>までなんか更新されてることに。
初めて気が付いた(--; ということで、ちょろちょろと読ませてもらいますね。

楽しみだw ではではノ

投稿日
2010/12/23
投稿者
kataribe
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Re: タイトルなし

>吐かせ博士さま

どうも、初めまして!
有里馨と申します。以前、コミュニティ徘徊していたときに、1度訪問させていただきました。
こんな辺境の地へ来てくださり、誠にありがとうございます。


この話はどうしようもない普通の日常を切り取ったものなので、リアルな授業風景を取り入れました。
先生方は授業見てないときに限って、授業を進めるものですよね。
私も絶対狙ってるやってるものだと思っています。嫌がらせといいますよね、こういうの(^^;

個人的に親友といえるような人はいないのですが、周りの友達を見ていると「ああ、こういう友達関係っていいなぁ」と憧れるものがあったので、思い出と絡めてみました。
「親友」って時間がないと、なりえないものだと思うので・・・・・・


普段からこういう小説ばかり書いているわけではないのですが、よろしければまたご覧になってくれると嬉しいです。
お時間があったらまたどうぞ!

またそちらにも遊びに行かせて頂きますね。

投稿日
2010/12/23
投稿者
有里馨
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Re: タイトルなし

>kataribeさん

いやまぁ、まずは読んでくださりありがとうございます。

感想は書くの難しいですよ(^^;
何しろ内容が薄いもので・・・・・・
それに思ったことを言葉にするのは慣れないと難しいですし。

普段私なんか「優夜くーん!」しか言ってないわけで。

友情系の話は憧れとか、周りの人の様子とか見て書いてます。
「こういう友達、居たらいいなぁ」とかそういう感情で。
逆に裏切り系はあんまり書けないかも。書いたこと無いから分からないのですが。
裏切りとかは、あんまり羨ましいって思わないからかも。


あと、長編は過去記事にして順番に並ぶようにしちゃってるので、最新記事にはでません(すみません・・・・・・
NEWSのところを確認するようにしてもらえたら嬉しいです。

長い話になりそうですが、こちらの話にもお付き合いいただければ幸いです。

投稿日
2010/12/23
投稿者
有里馨
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村上春樹の『Losing Blue』(和訳題名;失われた青、青がない)を思い出しました。

色にまつわる作品だったので、
ちょっとした表現にも色を使う技術は見習いたいです。

えーっと、
こういう批評、みたいなこと言われると怒る人もいますが、
有里馨さんの人柄を信じて(笑)
あえて言わせて貰います。


明日という登場人物名は、
読者を少し混乱させてしまう、
あるいは抵抗を持たれてしまうかもしれません。


僭越ながら
明日香などにしたほうが
いいのでは・・・・・・、と思われます。

投稿日
2010/12/25
投稿者
鳥居波浪
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Re: タイトルなし

>鳥居波浪さま

初めまして。有里馨と申します。
コメントどうもありがとうございます。

色の表現は美しいと自分では思っていて、まだちゃんと効果的な使い方が把握出来てないのですが、多く用いるのがポリシーです。


批評というか・・・・・ご意見ありがとうございます。
こんなことでいちいち怒ってたら、創作なんかやってられないような気がしますねぇ(苦笑)

名前なのですが、今までに何作かこのキャラの話は書いていて、愛着があるので変えたくはないです。ご意見を頂いておいて申し訳ないですが。

もちろん多少はややこしいので「明日(あした)」は「翌日」とか「次の日」として対応はしています。
それでもややこしいでしょうし、抵抗はあるでしょうけれど。

私は愛着あるキャラクターの名前を変えるなら、そのキャラの話はもう表に出さない方向でやる、くらいの気ではいます。
次、鳥居波浪さまと同じような指摘を頂いた暁には、そのような対策を取らせて頂こうと思います。

一応いろんな関係を持ってつけた名前なので、変えたくない、という自分の幼い意地でもあります。
指摘はありがたいのですが、今回は見逃していただけるとありがたいです。


あと明日は男の子なので「明日香」はちょっとww
そういった性別等の勘違いもされないよう、精進していくつもりですので宜しくお願い致します。

それでは失礼致します。

ご迷惑ではないようならまたそちら様にもお邪魔させていただきますね。

投稿日
2010/12/26
投稿者
有里馨
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